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『ごはん杖』 # 毎週ショートショートnote

食事をする時に、杖をつく人たちがいる。
特に、どこかの地方の風習というわけでもない。
家族代々の慣習でもないらしい。
そんなことには関係なく、ある程度の割合で、そのような人がいるみたいなのだ。

最初に見たのは、小学校の時。
転校生のY君だ。
給食の時間に、彼の方からコツコツと音がする。
見ると、彼は左手に、どこに隠していたのか、杖を持ち、右手だけで器用に食べていた。
しかし、それ以上に驚いたのは、先生も、周りの誰も、そのことを気に留めていないことだった。

その後も、5人ほどそのような人に出会った。
その人たちは、歩行が困難なわけではないが、食事の時だけ杖をつく。
尋ねたことはない。
もしかすると、人生の最初の方で聞かされていた大事な話を、自分だけが聞き逃したのではないか。
そんな不安に襲われる。

ある日、仕事から帰ると食卓で娘が泣いている。
妻も珍しく本気で怒っている。
「この子ったら、今日からごはん杖を使うって約束していたのに、まったく」

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