『動かないボーナス』 # 毎週ショートショートnote
彼は、木造アパートの階段を駆け上がりました。
2階のとっかかりが彼の部屋です。
ほんのり灯りの滲んだガラス戸を引き開けます。
「はら、ボーナスが出たよ」
彼はみかん箱を妻に差し出しました。
戦後の混乱からようやく立ち直ろうとしていた時代。
まだまだ人々は貧しかったのです。
彼も小さな印刷所の印刷工として、毎日遅くまで働いていました。
そこの奥さんが、ボーナスは出せないけどこれをと、みかんをひと箱くれたのです。
次の日、彼が帰ると、みかんはもう残っていませんでした。
「ご近所に分けてあげたの」
「それは、よかったね。でも…」
「でも?」
「カメラがあれば、記念写真を撮れたんだけどなあ」
「その代わり…」
そう言って妻は一枚のチラシを取り出しました。
その裏には、みかんの絵がクレパスで描かれていました。
2人は、動かなくて、食べられもしないみかんの絵をいつまでも見つめていました。
「はい、これがおじいちゃんとおばあちゃんの家に飾ってある絵の物語よ」
『本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です』
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