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『風車守』 # シロクマ文芸部

風車小屋に行っては行けないよ、特に夕方の4時をまわったらね。
そう、大人たちは話していた。
僕の母も、同じように、僕が学校から帰って遊びに出ようとすると、
「気をつけてね。早く帰ってきなさいよ。日が傾いたら、風車小屋に近づかないようにね」

風車小屋に近づくと何があるのか。
大人たちは教えてくれない。
だから、僕たちの間で勝手に噂が広がっていく。
小屋の中にある粉砕機で、ミンチにされる。
風の力で遠くに飛ばされる。
羽根にされて、一生くるくる回される。

風車小屋は、町の外れの小高い丘の上にある。
これも噂だが、そこには風車守と呼ばれる男がいるらしい。
もう100歳を越えているとか、70歳くらいのお爺さんだとか、小さな男の子がいるとか。

昔からこの町では、時々子供がいなくなることがあった。
そんな時には、「風車小屋に連れていかれた」と言っていた。

僕が小学生の時、確か4年生の時だ。
クラスの女の子がいなくなった。
大人たちは手分けして探し回った。
そして、誰かが「風車小屋だ」と言い出して、みんなが一斉に風車小屋に集まった。
僕たちも興味本位ではあったが、大人について駆け出した。
町会議長のおじさんが、風車小屋の戸を開くと、大人たちは中に飛び込んだ。
僕たちは、外から恐る恐る中を覗き込む。
中は真っ暗で、時折り風車の回る気味の悪い音がした。
しばらくすると、大人たちは首を振りながら出てきた。
結局、その女の子は見つからなかった。

僕は、大学入学を機にその町を離れ、卒業後もそのまま都会で働いた。
両親が早くに亡くなり、それからはほとんど帰ることもなかった。

ある時、仕事の関係で知り合った人が、その隣町の出身だと聞かされた。
お互いに懐かしさから親しくなり、一度飲みに行きましょうと誘われた。
僕よりも、五つほど歳上だ。
繁華街にある、その人の行きつけの店でグラスをかたむけた。
お互いに少し酔いが回ってきた頃、
「そう言えば、僕が高校受験の時期だったかなあ、君の町で女の子が行方不明になったの、覚えてるかな」
もちろん、忘れたりしない。
「不思議なことに、この間、その町で同窓会が開かれた時にね、その女の子がさ」
同窓会と言っても、小さな町だ、人数はしれている。
「ふらっと現れたんだって」
「でも、もう結構経ってますよね」
「そうなんだ。だから、最初はみんなわからなかったらしい。その子が名乗って、初めてみんなわかったらしいんだ」
僕は、グラスの水割りを口に運んだ。
氷が溶けて薄くなっている。
「みんなは、どうしてたって尋ねても、風車小屋の方に行っていたとしか言わないんだって。弟の友人が出席していたらしくて、そこから聞いた話だけどね」

今でも風車小屋は立っている。
もう古くなって、羽根もひとつしか残っていない。
来年には取り壊されるらしい。
僕は、ドアに巻きつけられた針金を外して中に入った。
ドアの反対側の壁の近く、ちょうど子供ひとり分くらいの穴があった。
あの時、何度も何度も踏み固めたのに。
外で、ドアに針金を巻き付ける音がした。

「ほら、あの人が風車守よ」

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