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『ドレミファソラムネ』 # シロクマ文芸部

ラムネの音の思い出ですか。
ラムネっていうと、あの開けた時のビー玉が落ちて壜と触れ合う音。
それから、炭酸が吹き出てくる音。
そんな音を思い出しますよ。
でも、お聞きになりたいのはそんなことではないですよね。
ビー玉にしろ炭酸にしろ、それにまつわる、それを背景にした思い出ということですよね、あなたが私に求めているのは。

そうですねえ。
こんなのはどうですか。
ビー玉にも、炭酸にも関係はないのですがね。

私の小学生の頃に、仮に佐藤君としておきましょう、その佐藤君が、こんなことを言ってきたのです。
「音階って知ってるか」
もちろん知っていましたよ。
でも、私はその頃から意地が悪かったのでしょうね。
「知らないよ」
そう答えたのです。
すると、佐藤君は試されているともしらずに、得意そうな顔をして、どう言ったと思いますか。
「ドレミファ」
そこで少し切って、
「ソラムネ」
わかりますか。
ドレミファソラムネ。
笑っちゃいますよね。
でも、私は笑わずに彼を他のクラスメイトのところに連れて行きました。
「みんな、聞いてくれ。こいつ音階を知ってるんだってさ。ほら、佐藤君、教えてやれよ」
そう言いながら、みんなには目で合図を送ります。
笑うなよと。
そんなことも知らずに佐藤君は、
「ドレミファ」
で一拍置くと、
「ソラムネ」
と続けます。
みんなは思わず吹き出しそうになって、手で口を抑えました。
それを佐藤君は、みんなが自分の博識に驚いていると勘違いしたのでしょう。
もう一度、得意になって言いました。
「これくらい、知っとけよな。ドレミファソラムネ」
佐藤君が教室を出て行くと、
「ラムネ?」
「ラムネ!」
呟きが少しずつ大きくなり、ついには爆笑に包まれました。
それ以来、佐藤君のあだ名は
「ラムネ」です。
で、面白いのはここからなんですが、ここからはオフレコでお願いしますよ。

私たちは、佐藤君をラムネと呼んで頭のてっぺんをパンパン叩きました。
つまり、ラムネのビー玉に見立てたのですね。
「おい、ラムネ」
そう言って呼びつけては、
「ラムネ飲みたいなあ」
と、ラムネ君の頭を叩きます。
もちろん、頭がストンと中に落ちることはありません。
壜と触れ合って、あの気持ちよい音を出すこともありません。
シャワーっと炭酸が溢れ出すこともありません。
飽きた私たちは、ラムネ君を転がして踏みつけました。
「何だこれ、なかなか割れないなあ」
そんなことが、小学校の卒業まで続きました。

あ、これは、ダメですよ。
記事にしちゃ。
え、佐藤君?
佐藤は、さっきも言ったように仮名ですけど、そうですねえ、どうしたのでしょうねえ、ラムネ君は。
ええ、もう本名なんて覚えていませんよ。
ラムネ君、私たちの通う中学校にはいませんでしたからね。
小学校を卒業して引っ越したか、私立にでも行ったんじゃないでしょうか。
あっ……


俺は、倒れた男の頭にラムネの壜を打ち付けて栓を抜いた。
ビー玉が中で跳ねる。
炭酸が気持ちよい音を立てて吹き出て来る。
ほら、聞こえるだろう。
ドレミファソラムネ。

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