『地球儀』 #2000字のホラー

さあ、今日は怖いお話をするよ。
みんな大好きだよね、怖い話。
しかも、これは本当にあった怖い話なんだよ。
テレビでもやってるよね、ほん怖。
でも、あれは大人が考えたお話なんだよ。
これからお話しするのは、正真正銘、本当のお話なんだ。
だって、その主役はこのおじさんなんだからね。

おじさんの名前は、裕太って言うんだ。
その裕太くんが子供の頃の、そう、ちょうど君たちと同じくらいの頃のお話だよ。
さあ、照明さん、少しずつ暗くしてくださいよ。
そうそう。
では、始めるよ。

裕太くんがその時にいちばん欲しかったものは地球儀でした。

あ、地球儀って知ってるよね。
みんなは、スマートホンのグーグルアースとかで見るのかな。
でも、おじさんが子供の頃には、地球儀がスマートホンみたいなものだったんだよ。
みんなも、初めてスマートホンを買ってもらった時には、手のひらに世界がやってきたような感覚にならなかっなたかい。
同じように、おじさんたちは地球儀を買ってもらうと、机の上に世界が舞い降りたようで、とっても興奮したんだよ。

裕太くんは地球儀をお父さんにおねだりしました。
でも、なかなかお父さんは「うん」と言ってくれません。
お父さんは、決してお金がなかったわけではないのです。
お父さんは、決してケチん坊だったわけでもないのです。

お父さんが「うん」と言わないのは、わけがありました。
今が、クリスマスでも、裕太くんのお誕生日でもなく、子供の日でもなかったからです。
もちろんお正月でもありません。
その頃には、そんな特別な日でなければ、子供は何も買ってもらえなかったのです。
そのかわりに、そんな特別に日に買ってもらうととてもうれしかったのです。
だから、裕太くんのお父さんも「うん」とは言わなかったのでした。
そして、いつも裕太くんの味方をするお母さんも、この時だけは黙って見ていたのです。

でも、裕太くんは地球儀が欲しくて欲しくてたまりません。
毎日、地球儀のことばかり考えていました。
休み時間に友だちと遊ぶドッチボールも、地球儀に見えてくるほどでした。

あるとき、学校からの帰り道のことです。
坂の上から、赤いりんごが転がり落ちてきました。
続いて、じゃがいもや玉ねぎまで転がってきます。
その向こうから、腰の曲がったお婆さんが、杖を振り上げながら追いかけてきます。
「待ってー」
それは、お婆さんの買い物袋からこぼれ落ちてきたのでした。
裕太くんは一緒になって追いかけました。
坂道の下でようやく追いつくことができました。
りんごやじゃがいもなどを集めてお婆さんに渡すと、お婆さんは裕太くんの手をとって、「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げました。
そして、
「何でも好きなものをあげるよ」
裕太くんは悩みました。
でも、お婆さんの丸い優しそうな顔を見ていると我慢できませんでした。
「僕、地球儀が欲しいんだよ」

その夜、裕太くんが自分の部屋で寝ようとすると、机の上に四角い箱がおかれているではありませんか。
何だろうと思って箱の蓋を開けて、びっくりしました。
「きゃっ」
一瞬目を閉じて、よく見ると、箱の中には丸い地球儀がありました。
咄嗟に裕太くんは理解しました。
これはあのお婆さんのブレゼントだなと。
そして、お父さんやお母さんには内緒にしなければならないと。
もし、お父さんやお母さんにバレて、返しなさいって言われたら悲しいからです。
裕太くんは、机のいちばん下の、少し大きな引き出しの中にそれを隠しました。
でも、裕太くんは地球儀が手に入ったことが嬉しくてたまりません。
もうそれだけで世界を手にしたような気もちがしたのです。
地球儀を眺めて、目を閉じると、地球の裏側の国だってすぐに行くことができました。
いつか、世界の国に1人ずつ友だちができればいいなあと考えました。

それからというもの、学校から帰ると、おやつも食べずに自分の部屋に駆け込みました。
机の大きな引き出しから四角い箱を取り出します。
そして、目を閉じて蓋を開けます。
そこには、青い地球儀が待っているのでした。

さあ、みんなはもうわかるよね。
わかった人は、ゾッとしてるよね。
怖かったよね。
え、わからないって。
じゃあ、教えてあげるよ。

最初に箱を開けた時に、どうして裕太くんが「きゃっ」と言ったのか。
毎日、学校から帰って箱を開ける時に、目を閉じたのか。
それはね、箱を開けた時に、そこにあったのは、お婆さんの丸い顔だったからだよ。
首から上のお婆さんの顔だったんだ。
お婆さんは、ニッと笑うとくるっと回って地球儀に変わるんだ。
だから、裕太くんは目を閉じて箱を開けたんだよ。

で、その裕太くんはね、そう、おじさんのことだけどね、裕太くんは大人になって、このお話を子供たちの前でするようになったんだよ。
そうするとね、気がついたんだ。
暗い部屋で、裕太くんのお話に耳を傾けている子どもたちの後ろに、首から上のないお婆さんがゆらゆらと立っているのにね。

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