見出し画像

『二重人格ごっこ』 # 2000字のホラー

「二重人格って知ってるかい」
「何よ、急に」
「二重人格だよ」
「失礼ね。知ってるわよ、ジキルとハイドみたいなのでしょ」
「それそれ」
「それが、どうしたの、二重人格が」
「あれって、1人の人間の中に2つの人格があるわけじゃないか」
「そうよね。2つ以上ってこともあるらしいわよ」
「で、その人格同士は、他人なのかな」
「どういうこと」

「だからね、その人間の中にある複数の人格は、お互いに知り合うことはないのかということさ」
「どうなんだろうね。でも、見たことあるわ」
「なになに」
「テレビのドキュメンタリーでやってたんだけれども」
「うん」
「その人の中には、何人かの人格があってね、取材中に、今人格Aと人格Cが喧嘩してます、とか言ってたような気がするわ」
「そうなんだね。じゃあ、考えてみてくれるかい」
「仮に、仮にだよ、僕がその二重人格者だとしよう」
「あなたのは、単に裏表のある性格というか、二枚舌というか」
「ひどいな。まあ、考えてみてよ」
「いいわ」
「仮に僕が、二重人格者だとしてね、それが、1人が男、1人が女ということもありうるよね」
「でしょうね」
「そうするとだよ、1人の人間の中で、男の人格と女の人格が愛し合うってことも有りうるよね」
「でしょうね。でも、そうだとしたらね」
「そうだとしたら」
「愛するってことなら、その人格は男と女でなくてもいいんじゃないの」

「確かにそうだ」
「でしょ、男と男、女と女の人格でも、愛し合ったっていいじゃない」
「愛は自由だ」
「ちょっと、急に大きな声出さないでよ」
「ごめん、ごめん。だとするとだよ」
「今度は何よ」
「仮にだよ」
「今夜は、仮が多いわね」
「うん、そう、仮にだよ」
「だから何よ」
「僕も、君も二重人格者だとしよう」
「何だか気持ち悪いけど、いいわ」
「僕の中に人格AとBがあるとする」
「それで」
「君の中には、人格CとDがあるとする」
「で」
「仮にだよ」
「仮はもういいから、早く言って」
「僕の人格Aが君の人格Cに恋したとしよう」
「そもそも2人が恋に落ちることはないけれどね。まあいいわ」
「だからさ」
「仮にでしょ」
「そうだよ。それで、僕の人格Bが君の人格Dに恋する」
「何だか、ややこしいけど、可能性としては、あるんじゃないのかな」
「だよね。そうするとだよ」
「さすがに、ものごとをややこしくする天才ね」
「ややこしいついでに、もう少し付き合ってくれよ」
「何だか、眠くなってきた。早くして」

「すると、僕の人格Aと君の人格Cの恋に、僕の人格Bが嫉妬するってこともあるよね」
「もしくは、人格Dがやきもちを焼くこともあるわね」
「時には、殺人事件に発展することも」
「ちょっと待ってよ。これって怖い話なの」
「ごめん、ごめん、そうじゃないさ」
「でも、殺人ということなら」
「え」
「ジキルとハイドも、そうじゃなかったかしら」
「ジキルがハイドを殺すんだったか、ハイドがジキルを殺すんだったか」
「それって、知らない人から見れば、原因不明の自殺ね」
「もしかすると、遺書の見当たらない、周囲が首を傾げるような自殺は、こんなのかもしれないよ」
「一方の人格が、もう一方の人格を殺す、つまり」
「完全犯罪さ」

「でもさ、身体はひとつでしょ」
「もちろん」
「じゃあ、死ななかった、つまり殺した方の人格はその後、どうなるの」
「それはさ」
「どうなのよ」
「だから、あれだよ、そいつは、身体からさまよい出て、そうだ、幽霊、幽霊になるんだよ」
「ほら、やっぱり怖い話しになっちゃうじゃない」
「でも、そいつは知ってたのかな」
「なにを」
「自分は同じ人間が持つ、数ある人格のひとつだということをさ」
「また、難しいことを」
「人格が違えば、世界も違うかもしれない」
「それで」
「そうだとすると、仮にもうひとつの人格が死に、その身体が死に絶えたとしてもだよ」
「はい」
「生き残った人格の世界では、その人格の身体は生きているかもしれない。そんな殺人事件なんかどこにも発生していない世界で」
「うーん、何だか、哲学的なのか、SF的なのか、単なるお馬鹿さんの妄想なのかわからないわね」

「例えばね」
「仮にから、今度は例えばね」
「例えばだよ、僕は僕という人間のひとつの人格なわけだ」
「そうね、誰だって誰かの人格よ」
「そうだね。でも、その人間のもうひとつの人格が、君である可能性もあるってことさ」
「2人は同じ身体を共有してるってことなのかな」
「そう。そして、多分、もうひとり、どこかにいるんだよ」
「どういうことよ」
「見てごらん、ここに倒れている人間。首をくくったみたいだけど、多分殺されたんだね。遺書もないだろう」
「そういえば」
「これが、僕たちの身体なんだよ」
「でも」
「そう、僕も君も、殺した覚えはない。そうすると、犯人、つまり殺した人格は別にいる」
「でも、それなら」
「それなら」
「殺された人格もいる、いえ、いたってことね」
「とにかく、これはごっこじゃない。逃げたほうがよさそうだ」

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,694件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?