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『爪の血』 # シロクマ文芸部

花吹雪が、すべてを覆い隠してくれるだろう。
そして、桜が散り終わった頃には、雑草があたりに生い茂る。
俺はスコップを斜面の下の方に放り投げた。
昔から家の倉庫にあったものだ。
見つかったところで、どうということはないが、用心に越したことはない。
枝にかけた上着をとる。
斜面をゆっくり登り、道路に出る。
通りがかったタクシーを止めた。

「珍しいね、こんなところを」
「ええ。この上に送って行った帰りですよ。ありがたいです、空車で戻るところでしたから。でも、お客さんも、珍しいじゃないですか、こんな山の中をスーツで歩いているなんて」
俺は話しかけたことを後悔した。
「いや、そうなんだ、彼女と喧嘩しちゃってさ」
「あはは、そうなんだ。昔は男が女を車から放り出したって聞きますけどね。最近の女は強いなあ。だから、男は草食なんて…あ、これは、失礼」
爪の間に血が残っている。
あんなに丁寧に洗ったのに。
ルームミラーに映る運転手の視線を確認しながら、そっとポケットに隠した。

俺の日常には、何の変化もなかった。
最初の間こそ、「山中で死体発見」などというニュースを見るとドキっとしていた。
しかし、徐々に緊張もとけていった。
それにしても、日本の山にはどれだけ死体が埋まっているんだ。

それからは、営業の仕事も上手くいった。
次の人事異動では、昇格もあり得るだろう。
またひとつ、新しい取引先を獲得した。
自社ビルを持つ大企業だ。
その建物を出たところに、ちょうどタクシーがやってきた。
乗り込むと、会社の住所を告げた。
車内から携帯で今日の成果を報告する。
ひと通り話が終わったところで、運転手が声をかけた。
「お客さん、爪の血は取れました?どなたの血かは、知りませんけど」


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