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人権と日本企業

 新彊ウイグル自治区に関する人権問題が、日本のアパレル産業に影響をおよぼしています。(Business Insider記事)これまで日本企業では、「人権」というと、日本での日本人の人権はほぼ守られていたので(100%ではないですが)、事業活動で意識しているビジネスパーソンはそう多くなかったのではないでしょうか。

 しかし、世界にはまだ児童労働や強制労働に苦しむ国・地域があり、私たちはそのような不正な労働の結果として生じた生産物を間接的に購入している可能性はあるのです。業界によっては、以前からこのような問題をNGOなどから指摘されていたものの、実際の事業活動に大きく影響が出るようになったのがこの数年の特徴でしょう。

どんなケースが人権上問題?

 現在話題になっている綿(コットン)製品以外にどんなケースがあるか、代表的な例を見てみましょう。

事例①:カカオ

 チョコレートの主原料のカカオですが、カカオ農園で働く労働者は世界で1400万人といわれています。貧困が背景にある中、労働集約的なカカオ農園は児童労働の温床になっているようです。安い価格でカカオを購入してしまう我々先進国の人間が悪いのだ、という議論もあります。そこでカカオ農園で労働者が適切に働いていることを専門家団体が確認し、それらを「フェアトレード認証」として少し高い値段で購入することが先進国の大手企業に求められています。
 当然そのコストは最終価格に転嫁され、実際に私もフェアトレードチョコを購入したことがありますが、かなりお値段が高いです(味もよかったです)。私は機会があれば(好みが合えば)、高い値段で買ってもよい、という程度です。しかし、若い人の中には、フェアトレード・チョコレートを積極的に求める人もいるようです。人権を重視する最終消費者の嗜好によってフェアトレード・チョコレート市場は拡大しつつあります。
(参考:フェアトレードジャパン)

事例②:パーム油

 ヤシの実から採れるパーム油は、加工食品にも「植物油」という表示で多く使われるほか、洗剤などにも利用されています。パーム油はインドネシアやマレーシアで生産されていますが、森林破壊と労働問題とで二重に倫理的に問題視されています。洗剤メーカーがパーム油を使っていることについてテレビ番組の取材に応じたところ、メーカーの対応が不充分と炎上し、消費者の不買運動が広がったことが数年前にあります。「環境にやさしく、社会的によいことをしている企業だと思い商品を購入していたのに裏切られた。」そういう思いをした消費者が多数いたのです。その企業は教訓を生かし、サステイナブルなパーム油調達に踏み切ったそうです。
洗剤メーカーの記事(この記事の例では環境破壊が主問題ですが、一般的には農園での人権問題もチェックしているようです) 

事例③:電子機器で使われる鉱物(金など)

 パソコンやスマホなどの電子機器の内部にある基板に必ず使われているのが金(Gold)です。金はやわらかく導電性が高いので、半導体などの部品をつなぐ回路には最適で、代替がききません。ところが金鉱山というのはアフリカの政情不安定な紛争地域に主要な産地があり、経済的にも困窮していることから非人道的な労働環境を強いられていたり、ルートも複雑で武装組織への資金還流の疑いがあります。
 人権保護観点からも政治的観点からも、そのような由来の金を使うことは不適切です。米国では、米国上場企業にそのような紛争地の鉱物(Conflict Minerals)を自社製品で使っていないか調査・報告を法律で求めています。金のように刻印を打てない原材料の採掘地を証明するのにはサプライチェーンを遡る必要があます。現在は業界全体でトレーサブルな仕組みがある程度確立されていますが、規制がはじまった当初はなかなか難しいことでした。
(※Conflict Mineralsは金のほか、錫、タングステン、タンタルが対象。紛争鉱物の世界の最新動向はJEITAのWebsiteをご覧ください。また日本電産など多数の日本企業の開示例があります。)

「コトが大きくなる」のは一部の慈善家が騒ぐせい?

 数年前までは、これらは一部の慈善団体が大騒ぎしていているだけで、放っておけばよいと受け止めているビジネスパーソンもいたかもしれません。ところが、綿花の例では大規模な不買運動が起こり、パーム油ではその企業のファンだった消費者によってウエブサイトが炎上しました。声を上げ、動いているのは実際の消費者なのです。あるいは政府です。綿や金では大規模消費地である先進国(ここでは米国)への輸出に問題が発生したり、規制への対応が必要になっています。またそれに関連して消費者や顧客企業から訴訟を起こされるリスクもあります。
 一方で人権にしっかり対応することで高い価格で商品を売ることができるカカオの例があります。フェアトレード商品が増えていくと、そうでない商品の価格下落が起こっても不思議ではありません。
 つまり事業活動上に実害(実利)をもたらすものになっています。

ESG投資家の視点

 これまで見てきた中には次のようなリスクが事業活動にありました。

オペレーショナル・リスク(取引停止、輸出停止など)
レピュテーション・リスク(炎上、不買運動など)
訴訟リスク

 これらは業績に影響を与え、企業価値を損なうリスクにほかなりません。人権リスクが高ければ、将来の業績への悪影響を怖れ、機関投資家は投資を引き上げることになります。ESGを重視する投資家の観点では、監視の目を強める必要があり、そのため人権保護に関するわかりやすい(できれば定量的な)開示を企業に求めます。
 来月改訂予定のコーポレートガバナンス・コードにも、人権重視の姿勢が追記されるそうです。「人権リスクは投資リスク」そう考えるプロの投資家が日本で増えたということですね。

 主に新興国での労働が起点となることが多い人権問題なので、業界や企業の規模によっては今まで意識がゆきわたっていなかったかもしれません。上記のような海外の事例が増加していることに加え、最近では日本国内の外国人技能実習生の労働が問題となるケースもあります。私たちはもっと襟を正す必要がありそうです。

ーENDー



IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!