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IPOとIR・広報戦略

 米国ではWeWorkやAirbnbのIPO延期がありましたが、日本では、2019年上半期の上場件数は38件(前年同期比2社増)と、これまでのペースをほぼ維持できているようです。ある証券会社によると、赤字上場には厳格化の動きがあるものの、黒字で、特に地方や非IT系など、着実に業績を上げてきた企業のIPOは今後も続いていくようです。

 そういったIPO準備中の会社から「上場後を見据えた広報・IR(インベスター・リレーションズ)体制」について相談されることが増えました。

 具体的には、トップがどの程度IRに関与するのか、機関投資家(国内)、個人投資家、海外投資家それぞれをどう考えたらよいのか、人数などの体制は、といった質問です。キーとなるのは、次の3つだと思います。

・IPO後の成長戦略と財務戦略

・上場時の時価総額・上場市場

・届けるべき人に届ける広報・IR

IPO後の成長戦略と財務戦略

 前回のnoteで、シニフィアン小林さんの言葉としてご紹介しましたが、「IPO後に資本市場を活用した資金調達を必要とする事業か否か」は、資本市場へ向き合う姿勢に大きな違いをもたらします。楽天では過去、M&Aなどの大きなチャレンジを行う前後には、株式での資金調達を行い、それによって高い成長を果たしてきました。

 (次の図は私の退社時の2017年半ばまでの楽天の株価グラフにコーポレートアクションを重ねたものです。)

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 将来の成長を見据えた資金ニーズがあるのであれば、IRは、今後、高い株価(=低い資本コスト)で資金を調達するための準備なのです。そのような企業では、IPO後、IRは経営トップがしっかりと取り組むべき課題になるでしょう。成長ストーリーの定期的な発信などが求められます。楽天では三木谷社長自身が社会を変革するための成長ストーリーの根幹を決めていました。

 一方、そうではなく、キャッシュも潤沢な会社で、安定成長が見込める会社はどうでしょう?IPO時に株式を購入してくれた株主への説明責任を果たすため、株主還元、業績分析などを丁寧にしっかりと説明することが求められるかもしれません。

上場時の時価総額・上場市場

 IPO時は、主幹事証券会社が、機関投資家とのミーティングを多数アレンジしてくれたり、全国の営業網を使って個人投資家にプッシュしてくれたりします。個人投資家の一部のIPO株好きの人たちが初値を吊り上げたりします。しかし、一時的に理由もなく跳ね上がった株価は、売る要因となり上場時の株主が離れていってしまいます。その後が本当のIRです。

投資主体別保有・売買

 上記は、株式市場のプレーヤーを国内金融機関(機関投資家)、事業法人、外国人、個人、などに分けて日本の上場企業の株式の保有金額(年末時点で切ったときの所有)と売買(1年間)に分けてみたものです。

 左の円グラフは「保有」です。東証の4市場(一部、二部、マザーズ、ジャスダック)の合計です。国内機関投資家や事業法人(事業の取引先、つまりいわゆる政策保有株式のほか、親子上場の親会社、オーナー企業のオーナー個人会社)で約半分を占めます。外国人は29%、個人は17%とそれほど多くはありません。

 真ん中のグラフは「東証一部の売買高」です。外国人が2/3を占めます。次に多いのは証券会社の自己売買部門、個人は14%です。
 右のグラフは「マザーズ市場の売買高」です。もっとも多いのは個人で57%、次は海外投資家で35%です。

 ここでひとつ知っておきたいのは、海外投資家は、一般には時価総額300億円程度から投資可能としていることが多いです(大手なら1000億円、3000億円とするところも)。国内機関投資家は、時価総額100億円未満でも投資するところもありますが、数は限られています。

 2018年の上場件数98件のうち、マザーズとジャスダックで77件を占めます。時価総額300億円未満の企業の方が多いでしょう。となると、上場後のIRでは、個人投資家が大事になるのではないでしょうか。東証一部のIR優良企業のやり方は参考にならないかもしれません。

 いや、個人投資家は、IPO直後に売却するような超短期でしょ、と思われた方もいるでしょう。IRの効果のわかりにくさや、株価が急落すると叱咤激励の電話をかけてくる個人株主も多いことなどにより、うちは個人投資家には積極的なIRは行いません、という企業もあるでしょう。いいえ、人には色々なタイプがいるように、個人投資家こそ本当に色々なタイプがあります。

 IPO時にはIPO銘柄好きな個人投資家が群がってきて、サッといなくなりますが、じっくりBuy & Holdの個人投資家も同じくらいかそれ以上に多くいます。IPO時には、幹事証券会社(多くは大手証券会社)のセールスのマンパワーで販売していますが、年間で見ると、個人投資家の売買の85%はインターネット証券会社経由です。ということは、自ら収集した情報で投資判断する個人投資家が多いということです。ついでにいえば、株主数が10倍になっても、個人株主からの電話の件数は10倍に増えたりしません。業績などによってはむしろ減ることもあります。

届けるべき人に届ける広報・IR

 時価総額が比較的小さい(300億円未満)上場企業では、幅広い個人を意識した企業情報発信が重要となります。インターネット証券会社のIRサービスを受けることも一案ですが、それより広く情報を届けるマスメディア向けの広報体制の強化や、コーポレートサイトの充実などが地味に効くのではないかと思っています。

 もちろん、国内機関投資家で中小型株の実績のある投資家(私の推定では20社程度)をしっかりと毎四半期説明に訪れ、中長期のシナリオを理解していただくことも重要です。時価総額が大きく、早期に東証一部を目指すのであれば、長期で保有する海外機関投資家を念頭においた英語でのフェアディスクロージャーも鍵となります。
 ただし、中長期の株主だけが増えると、売買高がきわめて小さくなります。そうなると、このような機関投資家でも売買しづらい状況になります。自らの買い注文で株価がどんどん上がってしまい、思っていた株価で買えなくなってしまうからです。個人も含めて、一定程度の取引量があることで、機関投資家が購入しやすい環境ができるのです。

広報戦略とIR

 広報(記者向け)とIR(アナリスト・投資家向け)は違う点も多いです。が、企業情報の発信という意味では同じですし、コーポレートサイトの内容など、一貫したイメージで作成すべきものも多いです。特に、企業の理念や行動を企業価値につなげるストーリーは、広報担当者とIR担当者が共同で制作することで、個人向けにも機関投資家向けにもわかりやすいものができると考えています。

 企業価値につなげるストーリーとは、最近経産省でも提唱されている「価値創造プロセス」のことですが、すごくシンプルな考え方をお教えします。WhyーWhatーHowで考えることです。

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 これは、あるシリコンバレーのベンチャーキャピタリストが、スタートアップに教えていたピッチのつくり方です。「投資してもらうには、WHYを突き詰めろ」と言っていました。

 さらに深堀りするには、経営トップや、特定の従業員の顔が見えるストーリーをメディアに取材してもらったり、ホームページに掲載するのもいいと思います。採用活動にも効果がありますよ。

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参考資料

月刊広報会議 10月号 特集「新規上場と広報戦略」
「上場に向けて何から始める?広報・IRの実践のポイント Q&A」に寄稿しています。
経済産業省持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資) 研究会報告書(伊藤レポート2.0)
上記報告書で提言された価値協創ガイダンスの図は以下です。

価値創造ガイダンス


IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!