砂時計とグラフ_oldtakasu_AC

楽天IR戦記 第1章 (4)楽天流・決算発表

 
 2005年11月9日、2005年度第3四半期決算の発表日でした。転職後初の決算発表です。この日は第3四半期(7月から9月)の実績と取り組みを説明することを主眼としていました。売上高、経常利益とも前年同期比で約4倍と大きく伸長しました。祖業のEC事業が売上・利益とも前年同期比50%以上の高成長を維持した上に、近年買収した事業の会員数や取引規模などが着実に増加し、拡大戦略が奏功した決算でした。しかしこの段階では放送局への提案についての進捗はなく、将来への不透明感は拭えないままでした。

 このときに驚いたのは、決算説明のための資料を発表ギリギリまで修正する楽天のやり方でした。前職のNECエレクトロニクスでは、決算発表の1週間ほど前には社長やCFO(最高財務責任者)との打合せを数回済ませ8、9割程度資料は完成し、残りの時間は数字チェックや英訳、経営陣と質疑応答の準備などに充てられていました。楽天では数日前になってようやく資料の全体像が見えてきます。経営企画室長から、「三木谷さんの決算関連の資料確認は直前の1分くらい。 

「1分で指示が何点か出るから」

 と聞いたときには耳を疑いましたが、本当でした。発表の数日前だったと思います。その四半期から新たに連結決算に加わるクレジットカード会社を、すでにあった「金融事業」というセグメントに含め、前回どおり6つあるセグメントの5番目に位置付けて資料の準備をしていました。ところが、三木谷さんは、クレジットカード事業は祖業のECと相乗効果があり、いずれ一体化するはずであるから、金融事業セグメントから分離し、「クレジット・ペイメント事業」としてセグメントを新設するように、という指示がありました。 

 クレジット・ペイメント事業はEC事業の次、全体の2番目に位置付けるようにという指示も同時にありました。当時楽天のEC事業内でのクレジットカード決済の比率は、業界平均の13%より高いとはいえまだ45%で、代引きなどのほかの決済方法が多く使われていました。しかも買収したばかりの実店舗型のクレジットカード会社の顧客層は、EC事業のそれとほとんど重なっていません。
 個人的には疑問符が付く指示だったことは否めませんでした。セグメントの新設と順番の変更は資料の多くの箇所に影響するため、思わぬ間違いが発生しやすいケースです。ほかにもグラフの見え方や構成が大きく変わる指示が出ました。数日前というタイミングの指示にしては大きいと私は驚きましたが、経営企画室長や他の経理の人たちはまったく驚いていません。 

「まだ何日かあるから、全然大丈夫。当日も修正あるよ」 

そして発表当日のお昼頃、あと1、2時間程で資料の印刷開始というときにも追加で「みんなの就職活動日記」という就活生向けサービスのスライドに修正指示が入りました。若年層がユーザーの主体であるこの事業がグループの会員基盤に加わる意味を表現してほしいとのこと。私はとても焦りましたが、経営企画室長から「〇〇さんか××さんに『今日のIRで三木谷さんが使いたいから』と聞いてみて」と言われて恐る恐る連絡を取ると、すぐに適切な返事が返ってきました。トップダウンでスピード感のある企業文化を感じ、前職のそれとの違いを感じました。

第1章(5)「財務危機」へと続く

* (写真AC oldtakasuさん)

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!