水面_はむぱん

楽天IR戦記 第1章(6)スタンドスティル

スタンドスティル

 2005年11月30日、TBSとの覚書に関するプレスリリースが発表されました。みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)が立会人として間に入り、楽天の共同持株会社設立による経営統合の提案はいったん取り下げ、両社はともに資本・業務提携に関する協議を開始することに合意したものでした。共同持株会社化を取り下げたことで今後の不透明感が低下し、株式市場は好感しました。一時7万円を割っていた株価は12月中旬には10万円を超え、この件があってもなくても好調な業績を評価する方向に入ったと思われました。

  両社で構成される「業務提携委員会」で業務提携の協議は続けられたものの、資本関係については取り下げられ、いったん静かな「スタンドスティル」の状態になりました。 

再開

 2006年に入り、2月中旬に予定していた通期の決算発表の準備を行っている最中、公募増資プロジェクトに再度呼ばれました。スタンドスティルになったことでリスクが低下し、投資家へ株を販売しやすくなったのです。財務危機の直接の原因である「放送とインターネットとの融合」という大妄想ではなく、現在の事業ポートフォリオの延長線上の妄想で資金を募ることになりました。しかし諸問題を考慮し、日本と、米国を除く海外(主に欧州とアジア)向けに販売することとなりました。日本語の日本法に基づく目論見書が読める欧州・アジアの機関投資家のみでも一定の需要を集めることができると判断されたのです。グローバル・オファリングに比べると開示する文章量が少なくなり、英訳もなくなったので作業負担量は大幅に減りました。最初のミーティングで一緒だった、私と一カ月違いの入社の財務担当者が、忙しい合間に日本語の目論見書を準備していました。

  3月1日に発表し、同月中に払込まで完了するスケジュールです。先ほど述べたように公募増資の際には、目論見書にすべてのリスクを記載する必要があることから、M&Aや未公表の決算などのインサイダー情報となるような水面下の重要情報を抱えていてはなりません。M&Aなどがなくとも、必然的に決算発表後で次の決算が締まるまでの年に数回しかない限定された期間になり、これを「ウィンドウ*」が開いている、などと表現します。ウィンドウが開いていても、会社の状況や株式市況によって需要が集まらないときには実施できません。放送局の件がスタンドスティルになったこと、他の案件もないこと、決算発表後でありその決算も順調であること、そして財務状況が逼迫していることから、このウィンドウで公募増資を行うことになりました。

(次回 「エクイティ・ストーリー」に続く)

*ウィンドウ
募集または売出しを行う際、企 業が未発表の決算情報などのイン サイダー情報を抱えておらず、関 連法令に抵触する怖れの低く、投資家の実務上も対応可能な、案件の事実上の実行可能期間。

*写真AC (はむぱん)

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!