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楽天IR戦記 第2章(2)ひとりIR

株価分析

 株価分析も始まりました。証券会社のアナリストレポートには、目標株価が載っています。企業の成長性や収益性を評価し、価値を計算した理論株価が求められます。代表的な手法はDCF(Discounted Cash Flows*)やPER(Price Earnings Ratio*)ですが、ある外資系証券が「Sum of the parts*」という手法で目標株価を計算していたのが参考になり、それと同様の理論株価を社内に報告するようになりました。これは事業ごとに理論株価が計算されますが、各事業の責任者に株主価値の意識を持たせることができることに加えて、それを合計して出てくる理論株価は実際の株価より高くなることが多く、潜在的な株価上昇余力を示しました。あくまでも計算上のもので、前提条件を少し変えると大きく上下するため、参考程度の利用でしたが、株式市場とのコミュケーションの改善余地を示すもので、不定期に行っていました。

  この理論株価は基本的には社内利用が目的ですが、機関投資家との対話に活用できることもありました。一般的に機関投資家は、企業が自社の株価を語るのを嫌がるとされますが、時には株価を一緒に議論することが効果的です。「今の株価をどう考えているのか?」という質問を投げかけられた時、弁護士的正答は「株価は市場の取引の結果なのでコメントを差し控えます」なのですが、この回答はあまりにそっけなく、「何も考えていない」と相手をいらだたせることもあります。

 株価が5万円くらいの頃のある日に、やってきた国内投資家が、「僕は潜在的な価値から考えると楽天の株価は7万円くらいだと思うのですよ。どう思いますか」と持ちかけてきました。ついつい、「ええ、社内でも7万円くらいだと試算しています。今の株価はEC事業の評価だけでほぼ説明できて、他の事業や投資を反映していないと考えています」と答えると、
「じゃ、一緒に計算してみませんか」
 となり、電卓を叩きながら裏紙にペンで数字を書き連ね、概ね同じ結論に至った時は知的なパズルを解くようで楽しく、かつ投資家の満足度も高いミーティングとなりました。その数カ月後にやってきた海外投資家からも同じ質問があり、会社の考える株価水準を即答すると、「自社の企業価値を議論できる日本の会社は少ない」と感心され、次の役員ミーティングを経て買いにつながりました。
  これらの活動は、その後10年以上継続し、発展させていくことになり、IR戦略の基礎となりました。

ひとりIR

 2006年の初夏、暑くなり始めた季節でした。IR室長、正確には4月からIR室は社長室に併合されたので元室長、から話がありました。

 「今度、俺、グローバル戦略室の担当になったから」
 「そうなんですね。IRもグローバルに行う必要があるので重要ですよね。兼務は順当だと思います」
 「いや、兼務とかじゃなくて。異動」
 「え、異動ですか……?後任は?」

 「後任は、いない」 
「……」


 IRは私と入ったばかりの派遣社員の女性のふたりになってしまいました。

<ご愛読ありがとうございます。続きは本で!>

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*DCF: 企業価値算定手法の代表的なも ので、 Discounted Cash Flows の略。 事業が生み出すフリーキャッシュフローの期待値を割引率で割り引 いて現在価値を求めたものを企業価値とする手法。

*PER: Price Earnings Ratioの略で、日本語では株価収益率。企業の収益力を株価と比較することで株式の価値を評価する手法。時価総額÷ 当期純利益または株価÷一株当たり当期純利益(EPS)で算出で きる。

*Sum of the parts:収益成長率やリスクなど、性質の異なる複数の事業体からなる企業を評価する手法のひとつ。 SOTPと略す。各事業をEV/EBITDA、またはそれぞれの事業の属する業界で一般的な評価 手法を用い、評価し、それを足し合わせる方法。各事業の価値の総和にコングロマリットディスカウ ント/プレミアムや、非事業性資産/負債等の調整を施して企業価値を算出する。

*写真 AC 實悠希 さん



IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!