イスラエル政府が進めるコロナ対策とアプリ開発の秘密とは?
政府は新しくコロナ対策として追跡アプリの開発を検討しているという発表を行なっています。
アプリ自体は日本だけでなく欧州地域や民間企業、既にダウンロードが行われている地域でいうとイスラエルやシンガポールなどで取り組みが始まっています。
前回は各国のアプリの状況に関して一覧でまとめて紹介しましたが、これからは各国政府関係者にインタビューを行いながら、各国の政府がデータを活用してどのようにコロナ対策を行なっているかお伝えできればと思います。
第二回はイスラエル、アメリカのワシントンDCとデータプライバシー、テクノロジー分野で活躍するLimorさんにイスラエル政府のコロナ対策に関する取り組みをお聞きしました。(動画では12分あたりからの内容です)
事前データとしていくつか日本とイスラエルでポイントになりそうな点を紹介したいと思います。
イスラエルと日本の感染者、死亡率等の比較
総人口で比較すると1億2595万人(令和2年3月1日総務省統計)に対してイスラエルは865万人(2020年データで大阪府の882万人とは17万人の違い)と約14.5分の1以下の人口です。
(参考数値:Corona Trackerの4月15日データ参照)
今回のコロナの感染状況に絞って比較すると感染者数はイスラエルが4000人以上多いのに対して、死亡者数はイスラエルの方が20人近く少ないことがわかります。
イスラエルに関しては回復率が19%近くと徐々に全体に対して回復している割合も増えていきている状況です。
(参考データ:Worldmeter 4月15日時点)
イスラエルは3月に入ってから一気に感染者数が拡大しているのに対して、日本は2月からなだらかに拡大傾向にあり、4月に入って徐々に右肩上がりになっています。
イスラエルでは3月22日以降にアプリの提供を開始し、徐々にそのダウンロード数を増やしながら感染者への対応を行っています。
(参考データ:Worldmeter 4月16日時点)
日本とイスラエルの新規感染者と新規回復者の数を比較するとイスラエルの新規回復者の数は感染者数に迫る勢いで増えてきています。
今後新規の感染者数が減り、回復数が増えていくと医療体制などが安定して来る可能性があります。(4月19日時点では新規感染者に対して、回復者の人数が上回っています)
ここまでのデータを含めて、イスラエル政府のこれまでの対応とアプリ開発の経緯、そして今後どのような取り組みを行っていくのかを聞いてみました。
データを活用したイスラエル政府のコロナ対策の取り組み
Kohei: 今回はイスラエル政府の取り組みとデータプライバシーをどのようにバランスを取っているのかお伺いできればと思います。
いきなり本題なんですが、データプライバシーを前提に考えた時に、テクノロジーや法律だけでなく倫理などの問題も出て来るかと思います。データプライバシーを考える際にはどういった方法で考えるのが最も良いのでしょうか?
Limor: そうですね。いつでもテクノロジーを活用するケースは当たり前になっていくと思います。そのため事前にテクノロジーによって "どのようにデータが取り扱われるか" は理解しておく必要があります。
私の考えではプライバシーバイデザインだけでなく、ヒューマンライツバイデザインという考え方で取り組む必要があると思います。医療でいうと全ての人が医療を受けられるというのは人権として取り組む必要がある考え方だと思います。
政府がテクノロジー活用に取り組む際には、テクノロジーに対して責任を持つ必要があると考えています。今起きているコロナで考えると、政府は多くの制限などを通じて対策を進めています。
この際に考える必要があるのが個人の人権の問題です。自由を主張する権利は全ての人に提供された権利で、社会活動をする上で前提となる考え方ですね。
自宅に隔離状況になって経済がストップしてしまっていて、多くの方が無くなっている状況を考えると、個人が持っている尊厳や生存権などを脅かしてしまう可能性もあります。
プライバシーが持つ意味は個人にとっての社会やコミュニティ、民主主義において非常に重要でデータが与える影響はまさにその一つだと考えます。
例えば、コロナ対策として隣接接触アプリが開発されアプリを通じてデータを収集していますが、特にセンシティブなデータに関しては個人にとって非常に大きな影響を与えるものになります。
データプライバシーを考えることは個人の生命を守ることと共存して考える必要があり、隔離された状況から徐々に社会復帰していくための目的として活用していく必要があります。
イスラエル政府を中心とした多様な専門家チーム
そのために事前のデータプライバシーに関する評価は必要で、私たちはアプリを検討する際にプライバシーや医療、経済、社会科学など多様な専門家が集まりバランスをとった議論を事前に行なっています。
Kohei: それは素晴らしいアプローチ方法だと思います。日本でもステージが変わりつつあり今後は医療だけでなく、経済学や心理学、社会学などの専門家が集まって設計していく必要があると思います。
イスラエルでは既に政府内にこのようなチームがコロナ以前から設置されていたのか、それとも有志で民間から集まって議論をこなっているのでしょうか?
Limor: イスラエル政府では初期に保健相を通じて民間から医療に関する専門家を中心に集まり議論が行われていましたが、徐々にステージが変化するにつれて金融分野の専門家や社会科学の専門家などを集めて議論を進めています。
(参考:イスラエル政府のデータ戦略チームの変化)
コロナの渦中ではそれぞれが出来る事を持ち寄ってより良い取り組みを推進できるように進めています。政府の仕組みも機会を通じて徐々に変化してきていてデジタル技術を取り入れた動きが始まっています。
例えば法廷訴訟をビデオカンファレンスで実施するような取り組みが進むなど、これまでは動きが遅かった取り組みも変化し始めています。これは一つの動きですが、法律面でのデジタル処理なども進むでしょうし、高齢者向けにタブレットを配布してオンラインで手続きできるようなデジタル政府の仕組みが促進するきっかけにもなっています。
特に高齢者の見守りなどはデジタルサービスやロボットなど新しい技術を導入して変化していく部分でもあります。その中で忘れてはならないのが個人の権利や人権などプライバシーに対する視点です。
コロナ対策で開発されているアプリはまさにその取り組みの一つで、これからも実験が進んでいくと思います。
イスラエルで開発されたコロナ対策アプリの秘密
Kohei: まさに新しい取り組みですね。次の質問はアプリに関してシンガポール同様にオープンソース技術で開発していると思うのですが、シンガポールが欧州などと連携して進めているようにイスラエル政府でも何か計画しているのでしょうか?
Limor: 具体的な計画に関しては直接アプリ開発を行なっている担当者か保健相に聞いてみた方が良いと思うのですが、Future Privacy Forumではプライバシーバイデザインの考え方を基に各国政府が出しているアプリに関してチャート形式で比較していきたいと思っています。
どのようなデータを取得していて、誰がアクセスしたのか、どのような手法を使っているのかなどをまとめて行きたいと思っています。Future Privacy Forumを通じて公開する予定なので、オープンソースとして皆さんが情報にアクセスできる環境で展開したいと思っています。(ダウンロードはこちらから↓)
Hamagenと呼ばれるイスラエルのアプリはデモンストレーションできると思いますし、プライバシーバイデザインを通じた設計を紹介できると思います。
例えば、イスラエルの政府では保健相が初期にウイルス伝染に関するリサーチを行い、誰が感染しているかを把握します。感染が確認された日から遡って複数日の状況をさらに把握します。これまではどちらもインタビューを通じて行なっていました。
それ以外にクレジットカード使用履歴や銀行利用状況などを通じて個人の行動履歴を探っていました。モバイルを通じた位置情報も含まれていて、位置情報データを正確に取得する事でどこにいたかを把握しています。
データは個人を特定しない形で公開されてどのタイミングで接触した可能性があるかを把握できるようにしています。自分が訪れたお店などと照らし合わせて確認するのですが、一定数の感染者が増えてくるとこの方法では確認が難しくなります。
数人の接触可能性までは把握できても、数十人まで拡大してくると難しくなります。全国民が実施できるかというと現実的ではありません。
そこで、隣接接触アプリの開発が始まります。アプリ保有者が自身の履歴を基に感染可能性を確認することができます。Hamagenは保健相と民間企業が協力して開発に当たっています。
イスラエルで行われているデータプライバシー対策
プライバシーの専門家がプライバシーデザインの考え方を基に設計し、セキュリティの専門家がセキュリティ上問題ないかを検討した上で公開しています。
データがどの経路をたどって提供されているかというのは非常に重要なポイントです。GPSなどの位置情報から来ているのか、モバイルアンテナを通じて来ているのかによって感染可能性を把握できる距離が変化するためデータの経路は設計上非常に重要なポイントです。
Hamagenのコンセプトとしては強制的にダウンロードするべきアプリではなく、自主隔離を行う際に手助けとなるように設計されています。例えばアプリを通じて近くに感染者がいるとアラートが出たとします。自分はアパートに過去48時間滞在していたとして、隣の部屋で感染者が出たとアラートが鳴った場合は、自動的に隔離する必要があると判断できます。
これは自身で隔離する必要がある際に手助けをしてくれるもので、アプリがアラートを出してくれることで隔離する対象が明確になります。これはその人自身の人権を守った上でお知らせしてくれる設計になっています。
ダウンロードに関しても個人で選択できるように設計されていて、イスラエルでは150万人以上の人が活用している状況です。一方で、全人口の60%(約880万の人口に対して約528万人)近くまでを専門家としては目指して行く方向で進めていて、ここまで拡大しないとデータの正確性を担保できない課題も残っています。
数値に達しない場合は他の方法でのデータ計測も現在検討はされている状況です。
Kohei: 素晴らしい取り組みですね。イスラエルの死亡率は非常に低く、韓国もそうですが非常に適切な取り組みだと思います。とても参考になります。
最後に日本の皆様にメッセージをお願いします。
Limor: ありがとうございます。これは何処かの国だけでなく世界中で取り組むことが必要ではないかと思います。データを活用した取り組みに対して、適切にテクノロジーを活用して行く必要があります。そのためにはデータを活用する際のリスクを事前に予測することが必要だと考えています。
国を越えたコラボレーションが必要になってくると思うので、引き続き取り組んでいきましょう。
Kohei: 貴重なインタビューをありがとうございました。これを通じて新しい連携などが生まれてくると素晴らしいと思います。
イスラエル政府のデータ活用戦略の整理
1、短期戦のデータの見える化から長期戦のデータを生み出すフェーズへと変化
初期は感染者の動向を追跡し、追跡情報を元にして感染源であるクラスターや接触可能性を追っていましたが、中央集権的にデータを管理して感染源を食い止める方法には限界があります。
そのため次のフェーズとしては個人が分散的にデータ保有者となり、自律的にクラスターを回避することが必要になります。
2、フェーズ毎に専門家チームを再構築
個人が自律的にダウンロードしてアプリの活用を行うためには、これまでになかった新たにデータを生み出す作業が求められるため、これまでのデータの見える化と分析(データサイエンティスト)とは異なる専門性が求められます。
そのため行動経済学や心理学など個人の行動を学問的に予測する必要が出て来るため、政府専門チームの再構築が行われます。
3、ダウンロード数×アクティブ利用数が鍵
アプリを開発する企業であれば周知の話ですが、ダウンロード数だけでは意味はなく、アクティブに活用している個人の数が重要になります。(アプリストアのランキングで上位維持することも重要)
(参考:App Anieからアプリデータでダウンロードランキング抽出)
ダウンロードしている個人がGPSやブルートゥースで隣接状況を確認できないと(例えばブルトゥース機能のみの場合ユーザー分布が点々としていて、それぞれが100m間隔で離れて住んでいる)意味がないため、どの地域から重点的にダウンロード数を増やしてアクティブにしていくかを考える必要があります。
4、データの組み合わせ
GPSからの位置情報だけだと天候などによって情報の精度が左右されるため、複数の情報を組み合わせて結果を算出する必要があります。
さらに、アラートが発生した個人に対して十分にアラートが鳴っている理由を説明する(データを組み合わせた結果なぜアクションを要求されたのか)必要があるためアプリの透明性担保が重要になります。
5、データプライバシー設計
個人が自律的にアクションを起こす際に誰がどんなデータを取得して、何に活用するのかを説明することは、個人にアクションを促す上で非常に重要なポイントです。(心理的安全性)
データプライバシーを考えることは、中央集権的にデータを集めて管理するフェーズから、個人のアクションを自律的に促す方向へと変化するタイミングで求められる大きなポイントになります。
あくまでイスラエルの結果なので日本にそのまま反映できるとは思いませんが、感染者数が今後大幅に増えていく可能性があり医療のキャパシティ問題などを加味していくと次のフェーズに移るタイミングではないかと思っています。
先に取り組みを始めた諸外国の事例が参考になれば幸いです。
※一部法的な解釈を紹介していますが、個人の意見として書いているため法的なアドバイス、助言ではありません。
※記事内容に関して一部確認をとっており修正する可能性があります。
※今後データの変動が確認された場合には追記する可能性があります。
引き続きCOMEMO記事を読んで頂けると嬉しいです。
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