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悲惨な状況にも慣れてしまうものなのか

本日の記事は、かなり不謹慎な内容であり、人道的に許されない感情の吐露なのかもしれませんが、私の現在の心境を刻んでおこうと思います。

ロシアーウクライナの戦争報道から

ロシア軍が、ウクライナ領土への侵攻を開始した2022年2月24日から、1ヵ月が経過しました。以来戦争を巡る動向が連日メディアで報道されています。ウクライナの主要都市はロシア軍からの攻撃を受け、非戦闘員の一般市民にも多数の犠牲者が出ています。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、3月26日時点で、1,035人(男性214、女性160、男児28、女児14、性別不明の大人571、子供48)の民間人が死亡しており、犠牲者のほとんどが、ロシア軍の砲弾・ミサイル・空爆によるものと発表しています。また、ウクライナから近隣国への避難民は380万人を超えるとしています。

国連児童基金(UNICEF)は、3月26日時点で、430万人のウクライナの子どもが避難民として外国に逃れたり、国内で自宅を追われたりしていると発表しています。ウクライナ領土にとどまる人々は、爆撃や砲撃に晒されながら、日々の生活を送っています。想像を絶する緊張感の中で生きることを余儀なくされていることを不憫に思います。

ウクライナ情勢報道に慣れてしまった自分

開戦から日数が経過にするにつれて、侵攻に踏み切ったロシアのプーチン大統領の横暴非道に対する批判、対するウクライナのゼレンスキー大統領の指導力に対する称賛の声が強くなってきています。戦争当事国には、それぞれの正義があるとはいえ、独立国であるウクライナに対し、武力行使に訴えたロシアが国際的な非難を浴びるのは当然です。

多くの著名人や専門家が、両国を巡る解説記事や解説動画を発表していて、幾つかをつまみ食いしながら理解を深めています。開戦当初、私はこの事件に衝撃を受け、心を痛めました。そのこと自体は疑いなき事実なのですが、1ヵ月以上経過した今、当時と同じような関心と感情を維持できていないことにも気付いています。強い感情を1ヵ月も持続できないのかと思うと、愕然とします。

サッカーW杯アジア最終予選 最終戦

家に戻ると、ちょうどサッカーW杯アジア最終予選の最終戦、日本対ベトナムの試合が始まるところでした。同じ地球上で戦争が行われているまさに同じ時間に、サッカーのゲームに熱狂している自分がいる訳です。

仕方のないことなのかなあ…… と思いつつも、何ともやり切れない思いもあります。

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