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世の中にはTシャツが氾濫している

本日は、何やら黒い気持ちが沸き出て来たので、これまで散々思っていたことを吐き出して、言語化しておきます。テーマは、Tシャツです。

衣類の大量廃棄問題

広く知られるようになってきた「不都合な真実」の一つに、世界中からアフリカに寄付名目で贈られてくる大量の衣料品は、実はその大半が現地で廃棄処分となっていて、自然環境破壊・経済的自立機会喪失の原因を作っているという問題があります。

寄付する個人や団体は、善意の気持ちを形にするための行動なのでしょう。しかしながら、現実は「古着輸出ビジネス」化していると言われます。最終集積地となるアフリカでは、送られてきた中から冷徹にビジネスになるもの/ならないものが峻別されています。ビジネスにならないと判断される衣類は全体の約4割にも達し、それらは廃棄ゴミとなるのが現実のようです。

衣類の原料となる素材は、天然や植物由来のものばかりではなく、ポリエステルなどの化学繊維もあります。ゴミ処理施設の容量が十分ではない地域では、川や海や森にそのまま投棄されていきます。自然環境の中では消化されない素材が蓄積していけば、土壌や野生生物の生態系、地形によくない悪影響を及ぼすことは必至です。

加えて、安価で大量の衣料品が送られてしまうことで、現地の地場産業は破壊されてしまい、現地の人々の経済自立の芽も摘み取っているという由々しき問題もあります。

着ないTシャツが氾濫している

全国各地で行われているイベントでは、運営チームスタッフがお揃いのTシャツを着て、動き回られています。飲食店では、お揃いのTシャツを着て接客するスタッフが、店内を動き回っています。揃いのユニフォームを誂えることで、チームの士気と結束を高める効果があることはよく理解します。環境保護を真剣に訴えるような会合や、24時間テレビのようなチャリティーイベントであってもそうです。

Tシャツは、お土産や記念の品としても手頃です。贔屓のファン向けの限定品だったり、来訪記念の土産物だったり、マラソンレースの参加賞の景品(ノベルティ)にも使われています。Tシャツは、その需要以上に世界中で生産されていると言っても過言ではありません。

私の経験では、Tシャツは布地が丈夫で、10年位着続けてもなかなかへたりません。せいぜい4~5枚もあれば十分です。それなのに、私の部屋には、貰ったり、買ったりしたTシャツが10数枚はあります。

イベント毎のTシャツは見直せないものか…

Tシャツは、世の中に氾濫し過ぎていることが容易に想像できます。廃棄されてはいないものの、人々の住む部屋の押し入れの中に埋もれているものまで合わせると、膨大な量のTシャツが社会には蓄積されていて、更に毎年のように大量のTシャツが市場に投入され続けています。

その昔買って、積ん読になったままの、ピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?ー誰も書かなかったグローバリゼーションの真実』(東洋経済新報社2006)を、しっかりと読む時期なのかもしれません。


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