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『AWAKE』を観る

本日は、現在公開中の映画『AWAKE』を観て思ったこと、感じたことを膨らませて考えてみたいと思います。この映画の伝えたかった主題の方向からは多少外れるかもしれません。

映画『AWAKE』の概要

監督はこれが初の商業映画となる山田篤宏氏。AI将棋ソフト『AWAKE』と現役プロ棋士の阿久津主税八段が対戦した2015年の電王戦FINAL第5局での実話が下地になっています。

この一戦、僅か21手で『AWAKE』開発者の巨瀬亮一氏が投了を宣言し、先手阿久津八段の勝利に終わったのですが、阿久津八段の採用した差し手が、事前に『AWAKE』のプログラムの盲点として知られていた手筋へと露骨に誘導するものだった為、物議を醸したと言われています。

その巨瀬亮一氏がモデルと思われる主人公の若者、清田英一を吉沢亮さんが演じています。その他の主要なキャストは、
・清田がAI将棋ソフト開発の場とする大学の「人工知能研究会」の主宰者、磯野達也を落合モトキさん、
・清田がプロ棋士の道を諦めるきっかけを作った同世代の若手天才棋士、浅川陸を若葉竜也さん、
・清田と浅川の奨励会仲間で新聞記者の中島に寛一郎さん(父親は俳優の佐藤浩市さん)
・清田の寡黙な父親役に中村まことさん
です。

あらすじ

将棋好きの清田少年は、プロ棋士予備軍の奨励会に入会して日夜励みます。少年時代からのライバル浅川との昇段のかかった対戦で、途中まで優勢に進めながら、自分が全く予期せぬ一手を放たれて敗れたことを契機にプロ棋士への道を諦め、大学に入学します。

目標を失い、悶々と学生生活を送っていた或る日、偶然知った将棋ソフトに興味を持ち、大学の「人工知能研究会」の門を叩きます。会を主催する変人の磯野の導きで、自身が理想とする常識や定跡に囚われない自由な将棋を体現するAIソフトの開発にのめり込んでいきます。

清田が『AWAKE』=覚醒と名付けたAI将棋ソフトの強さが評判となり、現役プロ棋士との対戦企画が持ち込まれます。対戦相手は奨励会時代の因縁の相手、浅川です。

清田は対決に向けて寝食を惜しんで『AWAKE』の更なる開発を進め、完璧なものに仕上げていきます。ところが、プレ対戦イベントで、その『AWAKE』がアマチュア棋士との対戦に敗れる事件が発生します。

清田が敗れた棋譜を解析すると、AIの認知アルゴリズムを逆手に取り、プロ棋士ならば絶対に指さない悪手を有効手と誤認させるトラップ的戦術があることがわかります。そして、AIがその悪手を指すと、有段者相手に挽回することはほぼ不可能になることも知られることとなってしまいます。

注目の対戦当日、先手番の浅川は、AIの悪手を誘導する手筋を採用し、結局AIはその問題の悪手を指してしまいます。続いて浅川が次の手を指したのを見届けた清田は投了(負け)を宣言します。

それぞれの矜持と正義

当時の物議の詳しいところを私は認知していません。おそらく批判は以下のような点だったと推定致します。

● プロの職業棋士が独自の方法ではなく、既に知られていた弱点を突いて勝利したのは卑怯だ。
● あのまま止めずに指し続けていれば、人間の想像を超えた別の展開が起こった可能性もあったのではないか。
● 将棋の面白さは、純粋な頭脳戦だけでなく、心理戦や時間との闘いで起こる人間ドラマにある。AIと人間の対戦は無理がある。

一定のルールのある勝負毎に身を置く勝負師にとって、ルールに逸脱しない範囲内で勝ちに拘る姿勢は肯定され、正当化されます。勝ち負けの結果が、自分ひとりの問題では済まず、他者の運命をも左右する闘いに挑むのであれば尚更ですし、その矜持の持てない人は勝負師を諦めるべきです。

✔ 相手のミスを誘う
✔ 相手の弱点や不得意を執拗に衝く
✔ わざと油断させて狙った罠に嵌める
✔ 近道、抜け道を使う
といった一見ズルそうに見える戦術を使うことを「卑怯だ」と言ってしまっては、本当にヒリヒリする勝負には挑めないし、守りたい人も守れません。

とはいえ、どんなに汚いやり方でも無条件で認められる訳ではないこともまた事実でしょう。その境界線の引かれ方は曖昧で、それぞれの立場から語られる正義や価値観がぶつかって毎日どこかで衝突が起こっています。

自分にとって不利なルールで裁かれてしまうことや評価されてしまうこともありそうです。そのことで、傷ついたり、疲弊したり、幻滅したり… でも完全に諦めないこと、捨てないことが大切なんだと思います。

自分の分身と言ってもいいAIに完璧な強さを宿すことを求め続けた清田は、それを実現できなかったことを思い知った時点で、対戦前に自身の敗北の覚悟を決めていたように思えます。

また、あのような形でしか清田のAIに勝利する術を見い出せなかった浅川には相当な葛藤が残っている筈です。そのあたりの掘り下げをもう少しみたかったなあ… という印象が残りました。


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