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自己満足からはじめよう

まずは徹底的に【自己満足】を目指してみようと思います… 


noteを書くことで炙り出される私の情念

昨日のnoteは私の200回目の投稿でした。意識していなかった割に、それらしいテーマに仕上がりました。これも自己満足ですね。

昨日沸き上がった熱は絶やさないように、そのまま継続し、習慣化していくことが大切です。自己満足に浸っているさまにはネガティブなイメージもありますが、周囲からの評価よりも、まずは、自分を心底気持ち良くさせる為に、全力を尽くしたい。

ずっと斜に構えて、本当は望んでもいない場所に身をおいて、自分の心に嘘をつき、本当の願望を誤魔化して、自分を無理やり縛り付け続けていると、最終的に後悔する気がしています。

鎖を解き放ちたい

子供の頃から、他人に迷惑をかけてはいけない、周囲から浮いてはいけない、役に立つ人間になりなさい、という教育を受けて育ってきました。実際自分の心のままに行動しようとすると、非難されたり、咎められたりすることが少なくなく、諦めてしまうことが多かった気がします。

これまでの私には、そういった周囲からの雑音を跳ね返すだけの強い意欲と覚悟と理屈がありませんでした。周囲が期待するものに自分を無理矢理合わせようという価値観が働き、それに反するような行動や意識決定をすることを逡巡してきました。

私にべっとりと染み付いているこの価値観が邪魔をして、しばしば心のブレーキとなってきました。巡ってきた面白そうな挑戦を諦め、比較的無難で安全そうな決断を繰り返してきた結果として、今の自分があります。

自己満足でもいい

節目節目で行ってきた選択の結果に、私は全然後悔をしていません。残念に思う出来事はもちろんありますが、過去の事実はもう変えられないし、それはそれでいいのです。しかしながら、未来は違います。

このところ日々の生活に不完全燃焼感が高まっていて、私を縛っているものを投げ捨ててしまいたい衝動を抑えきれません。今後は、興味のあることには、臆せずに手を出し、高速力でトライ&エラーのサイクルを回していくことを意識したいと思っています。

分をわきまえること、謙虚であること、自惚れずに謙遜すること、は立派な美徳、人生の態度ではあります。しかし、他人様の評価軸に振り回されて、それに迎合して卑屈になってはいけない、とこの年齢になってようやく思うようになってきました。

感情が先走り過ぎて、意欲が空回りすると騙されるもとですが、致命的でなければ、失敗しても勲章になります。社会人としての経験と実績を積んだ50代だから致命的ではない失敗は許されるのではないか、とすら楽観的に思っています。

無謀な挑戦が出来る機会は限られています。これからの私は、【自己満足】を追求して、幸せの形を現実化していきます。

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