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「今だけ、金だけ、自分だけ」

本日は、ネガティブな意味合いで引用されているのを目にすることが多い『今だけ、金だけ、自分だけ』ということばについて、私の思う所を、できるだけ率直に綴っておきたいと思います。


語呂も良くて、強く刺さるワード

『今だけ、金だけ、自分だけ』は、農業経済が専門の東京大学大学院・鈴木宣弘教授が発明されたことばとされています。私は、鈴木先生がこのことばに込めた意図までは深く理解しておらず、主にネガティブ意見を補強する目的で援用されている場面に何度も遭遇することで記憶に定着しました。

最近では、新自由主義(的なもの)や、金満資本主義を批判する文脈で援用されているケースが多く、日本が『失われた30年』に陥り、衰退の一途を辿っているのは、リーダー層や多くの国民がこの精神に毒されて行動している結果である、と断罪するような論調まで目にします。

強いメッセージ性を含有し、語呂もいいので、よく使われているのだろう、と推測しています。

よく考えてみると...

このことばを聞くと、今の殺伐とした日本社会の状況を、俯瞰的に分析できたように感じられて、漂っている居心地の悪さをすぱっと主張したい人にとっては、気持ちのよくなるワードだと思います。益々支配力を増している強欲資本主義の風潮に巣喰って、甘い汁を吸っているように見える人間を糾弾し、溜飲を下げる道具としても使い勝手がよいのでしょう。

ただよくよく考えてみると、「今だけ」「金だけ」「自分だけ」を、一度も実践したことの無い人なんているのだろうか? という気もします。鈴木教授の元々の主張の論点からずれているだろうことは百も承知ですが、一方では、同じ論者が「今だけ」とか、「自分だけ」を、むしろ「よいこと」として、積極的に吹聴するような場面にも遭遇します。期間限定なのであれば、「今だけ」「金だけ」「自分だけ」に注力することは、必ずしもマイナスばかりではないのではないか? という気持ちもあります。

今だけ…

長い人生の中で「今だけ」に集中する時期があるのは、決しておかしなことではなく、その経験は決して無駄にならないと考えています。例えば、学生スポーツに打ち込むことは、清々しく健全な姿勢だと感じます。ずっと斜に構えて、燻らせて時間を無駄にし続けている方が、むしろ不健全で、弊害が大きいのではないか、という気もしています。

金だけ…

この世は金次第であり、他人を押し退けてでも…… というニュアンスを与えそうな表現です。金の亡者は確かに見苦しいし、金があれば何でも解決できる、金を稼げる人は問答無用で偉い、という考え方にも素直に賛同はできません。本来そうであってはならないものまで、商品化、市場化されて経済に組み込まれていく流れにも、違和感を覚える瞬間がないとは言えません。

とはいえ、お金を巡る問題に完全に背を向けて生きることは、不可能に思えます。自分自身や自分にとっての大切なものを守る為には、「金だけ」に集中せざるを得ない時期もありそうです。

自分だけ…

エゴを完全に棄て去ることも不可能です。自分勝手に振る舞っているように思える人でも、別の場面ではきちんと他人に譲っていたり、誰かを助けたりしている場合が殆どです。誰かを「自分だけ……」と糾弾する場合、大抵は色眼鏡や噂で判断してレッテルを貼り、偏見に満ち溢れた批判を展開しています。批判を述べる人が全能感を発揮して「自分だけ……」を批判する態度の方が、むしろタチが悪いような気もしています。

バランスではないのか?

このことばは語呂が良く、キャッチ―過ぎるので、つい使いたくなるものの、前提条件抜きで確信犯的に使うのは、とても危険だと思っています。このことばを聞いて膨らませる想像力には、個々人で大きなバラつきがあるように思います。その感覚を巧みに刺激して、憤激させて、分断させることを狙った煽りになっている場合が少なくないように思うのです。

この記事を書くにあたって、「今だけ、金だけ、自分だけ」を使用している記事をネットでググって、何本か読んでみましたが、辛辣な文章に疲れてしまい、後味がよくないものが少なくありませんでした。健全な批判を展開すべく、このことばを引用した筈が、書き進めているうちに気持ちが入り込み過ぎて、ヘヴィな文章になってしまったのではないか…… 正義を振り翳しているように見えて自らの鬱憤を吐き出しているだけなのではないか…… と思うような記事もありました。

「今だけ、金だけ、自分だけ」を徹底して生きている人は、探してもおそらくいません。両極端のどこかにバランスする点があり、時期や機会によって重心は変動するものだと思います。強いイメージを喚起することばは、使い方と受け取り方に注意を要すると思います。


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