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働き方改革って‥

今日のテーマ『働き方改革』は、とても一回では語り尽くせません。何度も時間をおいて、深く考えたい内容です。現時点で私が抱いている感情を文字に残しておきたいと思います。

日本に帰ってきて

二泊(+機中泊)四日の海外出張から日本に戻りました。異国で過ごすアウェーの緊張感から解放され、ホームにいる安堵感を感じる一方で、またあの日常生活に逆戻りなのか…… と憂鬱な気分にも苛まれました。

インドでは止まっていた咳の症状が、羽田空港に着き、空港駅のホームに立って電車を待っていると自然にぶり返してきました。空気が乾燥しているのもありますが、精神的なものも影響しているのかもしれません。

"日本の未来は暗い"、"日本社会には閉塞感が充満している" という話を聞いたことがないという人はいないと思います。私が強烈にそう感じるのは、今回のように外国出張や旅行から戻って来た時です。

幸福の国、日本… 

日本は、物価も安いし、そこそこ豊かだし、絶望的な貧困はないし、死ぬほど頭を使わなくても生きていけるし、本当にありがたい国だと思います。

最近よく目にする過度に日本礼賛的なテレビ番組には違和感を感じますが、普通の境遇の人が、普通に安全に生活できる国を造り上げてくれた先人には素直に感謝したい、という気持ちがあります。家柄にも才能にも恵まれていない凡人が、人間的な尊厳を守って生きていける国は、世界にもそんなにないと思います。

そもそも、命の危険を感じずに暮らせる日常が続いていること自体が奇跡的なことです。紛争地域で日々命の危険に晒されて生きている人に比べれば、毎日当たり前のように、自分や家族が生活できているのは、奇跡的に素晴らしいことです。

でも、平和で安全な日常が当たり前に享受できる国で暮らすことに慣れきってしまった人が、「幸せなんだ。何の問題もない」と簡単に納得できる訳ではありません。日々の生活の中で、自分より遥かに恵まれた境遇にいるように見える人に出会うと、そんなに簡単には達観できません。

勢いを失った国

経済レベルで日本は相対的に沈みゆく国です。絶対評価ではなく、勢いの差の問題で、数字でも凋落は証明されています。

アジアの中でも平均的な経済的豊かさの指標では、シンガポールや香港とは既に勝負にならない状況です。都会度で言えば、日本最大の東京もこの二都市以下であり、追い付くことは到底不可能な差がついてしまいました。

確か、年間個人所得ベースでは、台湾にも抜かれた筈です。私も10年位前は「日本はアメリカの次くらいに豊かな国かな」なんて思っていた頃もありましたが、今では完全に時代錯誤な認識です。

これまでならば「頑張っている」と評価された人が凋落する

国際社会での地位低下の影響もあって、日本の従来の基準でみれば、普通に頑張っている人の生活が、相対的に押し下げられています。日本の平均的水準のサラリーマンよりも遥かに優秀で能力の高い外国人が、より安い給与で雇えてしまう現実があります。日本社会の中でしか通用しないサラリーマンの評価が相対的に下がるのは致し方ありません。

年々確実に生活水準が低下しているように感じられる状態は、心理的に辛いものがあります。平均以上の努力をしてまあトントン、突き抜けた成功を追い求めるなら、人並み以上の能力が備わっていることが大前提で、それにプラスアルファで桁外れた行動と成果、自分では制御できない運が求められます。幸福感を味わえる水準が上がったと言ってもいいかもしれません。

サラリーマンでいる幸福感が低下

思うに、現代の日本で、地盤沈下が最も激しく、人生トータルでみて、最も割に合わなくなりつつあるのが、「サラリーマン」という生き方だという気がしています。

雇用する側には、社員の雇用や待遇を維持・向上する経済的な余裕がありません。いわゆる普通の人の生活が年々苦しくなる社会が健全ではないことは、為政者もわかっているので、「働き方改革」という話になっているのでしょう。

過去の成功モデルが通用しない

しかし、全体を押し上げる経済的成長チャンスが萎み続ける国で、民間企業は従業員の雇用条件を一律にはコミット出来なくなっています。日本国内で根本的とは言えない不毛な競争に明け暮れ、国際社会では圧倒的なコスト競争力を持つ国の企業との競争に晒される日本企業は疲弊する一方です。

日本がダンピングで国際社会に殴り込んできた頃、欧米諸国の旧来企業が経験したことです。そんな日本企業の事情と弁解を国が代弁して、「従来の働き方では、幸せはやって来ないよ、自分の足で立ちなさい」と働く人々を叱咤しているのだと私は捉えています。

「働き方改革」が奪い去るもの

「働き方改革」は、私のような平均的なオジサンサラリーマンに試練とチャンスをもたらしそうです。若い頃は将来を夢見て、必死に下積みに耐えたのに、いつまでたっても下積みのまま(語弊はありますが)サラリーマン人生を終える公算が高くなっています。

当時の老人世代を養う為にガラス張りの給料から税金と厚生年金を搾取され続けたのに、いざ自分達がその時期に来たらまともな社会保障は与えられず、厄介者扱いされる状況が待っていそうです。

そんな愉快ではない未来をうっすら見ているオジサンサラリーマンの鬱積と怨念は大変怖く、今後この層の不満が爆発したら、日本には社会不安が充満し、閉塞感は一層酷くなる気がしています。

私自身は、「働き改革」の機運をポジティブに捉えて、自分自身を環境に適応させながら、強かに生き抜いていきたいと思っています。日本は益々住み辛くなるかもしれないという予感も持っています。



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