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『PERFECT DAYS』を観る

本日は、これまでなかなかタイミングが合わずに見逃していた映画『PERFECT DAYS』の鑑賞記です。事前に評判を聞いていたので、かなり期待して行きました。終了後は、高かった期待以上の出来に、いい気分でシネコンを後にしました。


観たら語りたくなる映画

本作はドイツ・日本の合作で、監督は、『パリ、テキサス Paris Texas』(1984)『ベルリン・天使の詩 Der Himmel über Berlin』(1987)等で知られる巨匠ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders 1945/8/14- )です。脚本は、ヴェンダースと電通のクリエイティブ・ディレクター、高崎卓馬氏、主人公のトイレ清掃員・平山を名優、役所広司さんが務めています。役所さんは、この映画の素晴らしい演技によって、2023年の第76回カンヌ国際映画祭で、最優秀男優賞を受賞しています。

この映画の制作背景(元々は『THE TOKYO TOILET』のPR動画として企画された)やネタバレ解説が、ネット上ではじゃんじゃん行われているので、素人の私が解釈や解説を付け足すのは意味がないだろうと思います。それなのに、無性に語りたくなる映画です。

初老の男、平山の生き方を辿る

本作は、ハリウッド大作にありがちな起承転結や勧善懲悪のストーリーが埋め込まれた映画ではありません。巧妙に張り巡らされた伏線を次々に回収して楽しむドラマでもありません。主人公平山の、トイレ清掃員として働く日々と休日とが丁寧に、どこまでも淡々と描かれていきます。ありふれた日常が静かに横たわっていて、でも違った風景と心情が織り込まれた毎日が続いていきます。

平山は、近所のおばあさんがほうきで通りを履く音で目覚め、布団を畳み、歯を磨き、髭を整え、育てている植物に水をやり、着替えをして、入口近くに並べられた携帯、カメラ、クルマのキー、小銭(休日には腕時計をする)を取って部屋を出ると、一瞬空を見上げます。その表情に何とも言えない味わいがあります。

自動販売機で缶のカフェオーレを買い、軽自動車に乗ってカセットテープを選び、仕事の現場へと向かいます。そして慣れた所作で、丁寧にトイレ掃除の仕事をこなしていきます。昼食は神社のベンチに座って取り、木漏れ日を写真に撮り、木の化身のような独特の雰囲気を漂わせるホームレス(田中泯)と視線を交わします。仕事を終えて、部屋に戻ると、自転車に乗って近所の銭湯に行き、浅草駅の地下通路にある庶民的な居酒屋で飲み、寝る前には本を読んでいます。

休日は、洗濯物を持って自転車でコインランドリーに行き、写真屋でネガを出して現像写真を引き取り、古本屋で1冊買い、普段とは違う場所にある馴染みの小料理屋のカウンターで酒を飲みます。自分を語る説明的な台詞は殆どなく、表情の変化や仕草によって、その時々の感情を浮かび上がらせます。

まさにPerfect dayの積み重ね…… タイトルは『PERFECT DAYS』以外には考えられない気がしました。東京の各所を辿る映像も見事ですし、光、風、木の映像が効果的に使われています。平山が購入する古本の1冊が、幸田文『木』であるのも演出の妙なのかもしれません。

また、映画の世界観を邪魔しないように、60-70年代の音楽が重要な役割を果たしています。ルー・リードの名曲、『パーフェクト・デイ Perfect Day』が使われていたのは、意外なシーンであり、意表をつかれました。

好きなシーンは人ぞれぞれでは

平山は、取り巻く人々と言語でのコミュニケーションを殆ど取りませんが、それぞれに良好な関係を築いており、慕われていることが伺われます。それは、関わる人々がかけることばや取る行動に対して、平山が控え目な笑顔や柔和な表情を浮かべていることから想像できます。

劇中で平山がことばを使ってコミュニケーションを交わすのは、普段は疎遠になっていると思われる妹(麻生祐未)の娘、姪っ子のニコ(中野有紗)、馴染みの小料理屋のママ(石川さゆり)の元夫、友山(三浦友和)くらいです。

ラストの役所さんの表情だけの演技は本当に見事です。好きなシーンは、人それぞれありそうです。私も印象に残ったシーンが幾つもありました。



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