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『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』を読む

本日の読書感想文は、磯田道史『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』です。2017年発売の本で、再読になります。

影響力が絶大な「歴史を作る歴史家」

著者の磯田道史氏は気鋭の歴史学者で、視点や語り口が私の肌に合うので注目している人です。NHKの歴史系のテレビ番組でもよく仕事をされていて、本書は2016年放送の「100分 de 名著 司馬遼太郎スペシャル」がベースになっています。

歴史文学には、史実に近い順に、史伝文学、歴史小説、時代小説という三つのジャンルがあると言われます。司馬遼太郎氏(1923/8/7-1996/2/12)が遺した作品は、戦国時代から昭和まで幅広く日本史がカバーされています。

司馬氏の執筆スタイルは、予め膨大な史料にあたって緻密な調査をして得た知見をベースに、司馬氏自身の視点を盛り込んだ物語を創作するというスタイルでした。代表作である『竜馬がゆく』『翔ぶが如く』『坂の上の雲』は、史伝文学に非常に近い歴史小説と認識されています。

磯田氏は司馬氏はただの歴史小説家ではなく、「歴史を作る歴史家」だったと評しています。日本人の歴史認識に多大な影響を及ぼした歴史家の三人として、
● 江戸時代に『日本外史』を著した頼山陽
● 『近世日本国民史』を書いたジャーナリストの徳富蘇峰
● 歴史を作る歴史家、司馬遼太郎、
を挙げています。

つまり、戦後日本人の歴史観をつくったのが司馬遼太郎であった、というのが磯田氏の見立てです。作風の好き嫌いは別として、読書家、歴史好き、知識人を自認する人で、司馬遼太郎作品を一度も読んだことがない、という人はおそらくひとりもいないのではないかと思います。

本書の構成

章の配置のバランスがとてもいいので、本書はお奨めの書です。

序章 司馬遼太郎という視点
第一章 戦国時代は何を生み出したのか  『国盗り物語』
第二章 幕末という大転換点 『花神』
第三章 明治の「理想」はいかに実ったか 『「明治」という国家』
第四章 「鬼胎の時代」の謎に迫る 『この国のかたち』
終章 二一世紀に生きる私たちへ

磯田氏の解説と整理は大変とっつきやすいと感じています。

「司馬史観」に関して

当の司馬氏にどこまでの自覚があったのかはともかく、歴史的事件や人物を見つめる司馬氏の視点が、多くの日本人の共感を得て、そのまま国民的な記憶に刷り込まれれている傾向があることは間違いありません。例えば、

● 権力者への距離感 予言者→実行者→権力者
● 昭和皇軍への批判的態度
● 組織は変質する
● 明治時代を理想化 江戸時代、昭和初期への低評価
● 合理主義>精神主義
● 明るさ>暗さ

は、司馬作品に共通する特徴と言えるものです。私たちの歴史認識や関心や持っている価値観も、司馬作品や「司馬史観」に影響を受けた人たちの作品や言動を通して、直接、間接に大きな影響を受けていると考えておくのは妥当でしょう。

司馬作品がなければ、これほど世の中に、戦国時代好きや幕末好きの日本人が生まれたかは、甚だ疑問です。歴史認識のみならず、人々の考え方や価値観にまで影響を及ぼし、浸透している作家はなかなかいません。

『竜馬がゆく』や『花神』が書かれなければ、坂本龍馬や大村益次郎がこれほどまでに人口に膾炙する有名人になったかは疑問です。逆に、高潔な人格から軍神として祀られた乃木希典や政治的権勢を誇った山縣有朋へのマイナスイメージも司馬作品がきっかけではないかと感じます。

「司馬史観」として総称されている歴史認識に批判的・否定的な勢力も存在します。「司馬史観」の弊害や危険性を指摘する声の中にも、説得力のある議論や共感すべき意見があります。色々な言説を愉しみ、自分の中で血肉化したいと思います。



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