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忘れられるものだから

こういうことを言うと、「寂しい人間ですねえ…」って印象を持たれるかもしれませんが、私は人から言ってもらった

● あなたのことは一生忘れません!
● また、飲みに行きましょう!
● ずっと友だちでいましょう!

といった具体的な日付けが入らない社交辞令ことばには一切期待しないようにしています。「ありがたいことだ」とその瞬間だけは悦に浸って、すぐに過去の思い出の中に沈めます。

その人を信用していない訳ではないし、その場で発せられたことばを疑っている訳でもないし、そういうことばをもらって嬉しくないと言いたい訳でもありません。

そのことばをもらったことを拡大解釈して未来に期待したり、記憶に盛って刷り込んだりしないようにしているのは、そのことばを発した人の【記憶を保持し続ける力】を信じていないからです。人間は、自分が強い気持ちを込めずに発した言葉を片っ端から忘れるようにできている生き物と思うからです。

優秀な人、人気のある人であればあるほど、日々の生活の中で、多くの刺激的な情報に触れる機会は多いだろうし、多くの思考に頭を使うだろうし、多くの行動をしている確率は高い筈です。私に軽い気持ちでかけたことばを、その人の脳内メモリーが長期間記憶出来る訳がありません。その人に悪気がある訳ではなく、脳の機能として仕方がない自然現象だと思うのです。

人は自分を褒めてもらった気持ちのいい記憶は強く定着しがちです。それが世間的に影響力のある人からの経験だと余計でしょう。他人のことばを鵜呑みにすると厄介なことになります。好意を持つ人や憧れの人からかけてもらった嬉しいことばにすがって、過剰な期待を持ち続けると、後で「裏切られた」と失望したり、逆恨みしてしまったりする危険があります。それで人間関係が壊れてしまうのは残念だし、勿体ないことです。

私は、他人からの承認欲求が強いタイプだと自覚しています。勝手に舞い上がって過剰な期待をしてしまった後に、現実に直面して、傷ついて無為な時間を過ごすのは嫌なものです。不幸なひとり相撲を避ける為に、自分ではコントロールできない他人依存的な期待はしないと肝に銘じています。

だからこそ、期待していなかった他人の好意が現実になった時の嬉しさは格別なものがあります。これを自然にできる能力がある人は、人の上に立つ人や本物の人気を得ている人で、意識してやる人は、私を騙したり、利用したりする下心を持っている人だろうと思っています。

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