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【物語】お得なルームシェア


新しいアパートに引っ越してきて、僕は前の住人が置いていったらしい透明な黒い塊を見つけた。

最初はただの奇妙なものだと思っていたけど、なんだか怨念とでも呼びたくなるような、異様な雰囲気をまとっていた。ジトっとした目で僕を見てくる。その眼差しには、闇のような深さを感じた。

僕はそれを「怨念」と名づけて、同居生活を送ることにした。


怨念は、僕の周囲に漂う不満や怒りといったネガティブな感情を吸収し、その姿を変えていくようだった。

もともと働くのが大嫌いだった僕は、会社員生活でストレスをため込んでいた。毎朝の通勤、無駄な会議、無理難題の山。安月給のくせにこき使われるし、やりがいもない、将来性も見えない。不満が心に渦巻いていた。

そんな調子だったから、僕とのルームシェアで、怨念はたくさんの不満エネルギーを吸収できたようだ。僕の内から湧き上がる怒りや欲求不満を吸い取り、その透明な黒い質量を変えながら、少しずつ成長していく様子が見て取れた。

僕も僕で助かっていた。怨念がストレスを吸いとってくれるから、僕はかろうじて会社に通えていたのだと言える。昼間、どんなに嫌なことがあっても、家に帰って怨念の助けを借りれば、スッキリ爽快な気分に戻れたのだ。


しかしある日、僕は会社をクビになってしまった。普段からミスばかりだったのに、何の反省も改善もせずにいたため、取引で決定的な損失を出してしまったんだ。

あちゃ〜。

さすがの僕もショックを受けた。それも後で怨念が吸いとってくれたから、何とかメンタルを保てたけど、いなかったら、どうなっていたか分からない。


僕は、しばらく再就職活動をする気持ちも起きなかった。何となくそのまま、無職でいることにした。当面は、貯金を切り崩して生活すればいいだろう。先のことは、先に考えよう。そう思った。

僕がこれだけのん気でいられたのは、怨念が僕のストレスを吸いとってくれてたからだ。怨念は空気清浄機みたいにストレスを吸収してくれるから、僕は危機感を持つことが難しくなっていた。


僕が遊んで暮らすようになったため、怨念は大量のネガティブエネルギーを吸収できなくなっていったようだ。食料が不足してきた怨念は、苦しんでいるように見えた。

僕の方はというと、怨念を必要とする場面がなくなったわけだから、わざわざ自分から関わることはなかった。怨念はたまに、恨みがましく何かを訴えるような眼差しを向けてきたが、僕は無視した。


そんなある日、怨念は突然姿を消した。

後で聞いた話によると、怨念は大企業に就職して、すごい働きを見せているらしい。驚異的なパフォーマンスを見せて、会社の利益を大幅に増やしているとか。

まさか怨念が会社員になるなんて。

想像もしなかった。

僕の不満や怒りが、怨念を大きくしたのだろうか。それとも、僕の不満や怒りの中に、社会で成功をおさめるためのノウハウを見出していったのだろうか。

何にせよ、俺が怨念を無視していたせいで、怨念は新しい場所で輝く未来を手に入れたんだ。

それは喜ばしいことだ。
怨念にはいろいろ世話になったことだし。

なんだか少し、寂しい気持ちもあるけどね。


でも正直、僕は今、それどころじゃないんだ。

怨念がいなくなったせいで、僕にもようやく危機感が戻ってきた。いつまでも貯金で暮らしていけるわけじゃない。最近、重い腰をあげて再就職活動をはじめたけど、うまく行かずに失敗続きだ。毎日凹んでる。

そんなストレスも、これからは自分でなんとかしなきゃいけないんだから。

ああ、怨念!

戻ってきてくれ!

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