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なんなら気分は獄門島 〜 iruka C開発ストーリー(1)

5速コンフォートスペックの新モデル「iruka C」を発売することを発表しました。フレームはそのままに、街乗りの快適性をさらに追求したバリューモデルのirukaです。税別国内価格は179,800円、オリジナル8速モデルより税込で約36,000円お手頃です。自分で言うのもなんですが、自信作です。何回かに分けて、iruka Cが生まれた経緯や特徴を書いていきます。

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シマノ Alfine 8のリードタイムは12ヶ月、と聞いて僕は耳を疑った。

「12週間の間違いだろう?」

そう聞き返した僕に、台湾人コーディネーターのMagumは申し訳なさそうに言った。

「ノー、本当に12ヶ月なんだ」

irukaに用いるシマノの変速機Alfine 8が、それまでは発注から数週間後には手に入っていたのが、なんと12ヶ月かかるというのだ。

irukaは、独自開発した46点の部材と、外部のパーツメーカーが供給する31点の既製部品によって作られる。ボルトやワッシャーといった規格品の小物類も含めるとさらに多い。そのうちのひとつでも揃わなければ、irukaは自転車として完成しない。

おいおい、一年近く売るものがなくなるということか。

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ローンチ時のシルバーに、ストームグレーとブラックの新色2色を加えて2020年初頭に出荷を開始したiruka第二ロットは当初から順調な売れ行きを示し、特に海外市場向けの在庫は早くも夏には底を尽こうとしていた。

自転車業界はおろか製造業の経験もない僕でも、これくらいはわかる ― 在庫が少ないのは良いが、ゼロはまずい。できる限り早く、次の生産を進めよう。

それまで、製造パートナーである台中のJ社からは、irukaのリードタイム(発注から完成に至るまでの期間)は60日から90日と言われていた。ならば夏のうちにオーダーすれば、冬までには次のロットを出荷できるはずだ。僕はこれまでの2倍超の台数を発注することに決めて、Magumに連絡をとった。2020年の7月のことだ。

そこで、冒頭の会話になる。

コロナウイルスのパンデミックの影響で欧米を中心に世界的に自転車需要が急増したことにより、世界最大の自転車コンポーネントメーカーであるシマノの製品を筆頭に、あらゆるパーツのリードタイムが極端に長期化し始めていたのだった。ロックダウンや出入国制限によって、ワーカーの確保と物流に支障が出ていることも追い打ちをかけていた。周囲に聞いてみると、irukaのようなマイクロブランドのみならず、超大手ブランドも軒並み影響を受けているようだった。つまり、バックドアも存在しないということだ。

さて、困った。1年近く欠品が続くなんて、特にirukaのような新興ブランドには、手痛い以外の何ものでもない。

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「Markは気に入らないかもしれないけど」という前置き付きで、Magumから連絡が入った。シマノから新しくNexus Inter 5という5段変速の内装ギアが発売されることになり、今オーダーすればAlfine 8より納期が短く、卸価格も若干安いと言う。かつてNexusシリーズには内装3段、5段、7段、8段があったが、5段は廃番になっていたはずだ。聞くと、名称こそ同じだがかつての廃番製品の復刻ではなく、Eバイク本格対応をうたって開発された新製品だという。

Alfine 8からNexus Inter 5への変更は8速から5速へのダウングレードになる ― Magumは僕がそのように捉えて拒絶するだろうと思っていたようだ。が、僕の頭に浮かんだのは「8速モデルは残したまま、スペックが異なる5速の新モデルを作る」ということだった。頭に浮かんだ、と言うよりも、既に頭の中にあったと言った方がよいかもしれない。というのも、実はirukaをローンチする前に、8速モデルとともにやや廉価な5速モデルを同時に発売することを考えていた時期があったのだ。結局ローンチ時は、モデルも色も一種類にフォーカスしてデビューした方がよいと思ったのと、そもそもNexusの5段がいつの間にか廃番になってしまったため否応なく8速モデルのみに絞ることにしたが、5速モデルのアイデアは僕の中で熾火のように消えずに残っていたのだった。

オリジナルの8速モデルは、外観の印象と同様にシャープな走行フィーリングを強調するため、小径自転車としては細めの1.25幅タイヤと薄型サドルを採用し、ハンドルは前傾姿勢をとりやすいフラットバーにした。我ながら適切な選択だったと思っているが、一方で、クッション性を求めて購入と同時に1.50幅タイヤや肉厚サドルに換装するフリッパー(irukaオーナーの総称)がいることや、ハンドルグリップ位置をもう少し手前にしてリラックスした乗車姿勢で乗りたいという声があることも知っていた。

そこに、新Nexus Inter 5登場の知らせである。5速ギアを搭載して、クッション性を重視したタイヤとサドル、グリップ位置が近くなるライザーハンドルバーを組み合わせれば、やや廉価で、より街乗りに特化したコンフォートスペックのirukaが出来上がるではないか。

横溝正史の金田一耕助シリーズ「獄門島」で、島の当主から遺言で寺の鐘を使った見立て殺人を依頼されて応じたものの、戦時協力で鐘を供出したことで遺言の実行は不可能になったと半ば安堵してあきらめていたのが、終戦で鐘が戻ってきたことに天啓を感じて殺人を実行するに至った了然和尚のような気分だった。

MagumとJ社のChen社長に、新5速モデルのアイデアを伝えると、「それは良い考えだ」と賛成してくれた。早速J社からシマノに新Nexus Inter 5が発注され、スペックの検討が始まった。モデルの名前はまだ決まっていなかった。

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今日はここまで。次回に続きます。上の写真は新色ブルーのiruka C。



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