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神と人を媒介する、烏天狗の使い「鵄(トビ)」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第五十回)』

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。



神使「鵄(トビ)」

トビの特徴と生態

大型のタカの仲間である鵄(トビ)は、全長60〜70cmほどでメスの方がオスよりも一回りほど大きく、翼を広げると160cmもの大きさです。

昭和歌謡界を代表する歌手、三橋美智也さんの昭和33年の大ヒット(220万枚!)に「夕焼け空が マッカッカ とんびがくるりと 輪を描いた〜」と唄う『夕焼けとんび』という曲があります。

この曲で唄われるとおり、トビといえば大空を円を描くように優雅に舞っているイメージがあります。

トビは羽ばたくことは少なく、上昇気流をうまく利用して、円を描きながら滑空するのが特徴です。そして、獲物を見つけると急降下して捕食します。

河川や海岸など、餌となる動物の死骸やトカゲ、ヘビ、ネズミなどが見つかりやすい場所に生息しています。

元々、臆病な性質で、警戒心が強く、人に近づくことはしません。

しかし観光地など、人が屋外で食事をする機会がある場所で、ゴミ箱に残された残飯を漁ったり、人が安易に餌を与えたことなどから警戒心が解けているようで、人が手にした食べ物を奪うようなトラブルの事例が増えています。

まさに「鳶に油揚げをさらわれる」の諺通りです。

時には急降下して来たトビの翼や爪が体に当たることで怪我をしたり、驚いた拍子に転倒をすることもあり、一部の観光地では問題となっています。


天狗の化身

烏天狗

トビは、大空を自在に飛翔する姿から天狗の化身ともされています。

皆さんが連想する天狗の姿とは、鼻が高く、赤い顔をした天狗かもしれません。そのルーツはくちばしのついた「烏天狗(からすてんぐ)」です。

烏天狗は「飯綱権現」「飯綱明神」として、長野県長野市の「飯綱神社」や、東京都八王子市の「高尾山薬王院」などで厚く信仰されています。

烏天狗の原型をさらに遡っていくと、インド神話に登場する神鳥「ガルーダ」にたどり着きます。

ガルーダ
木造伎楽面・迦楼羅(東京国立博物館・法隆寺)HIkarimura,Public domain

このガルーダが、仏教に取り込まれると「迦楼羅(かるら)」という仏法の守護神となります。十大弟子とともに釈迦如来に仕える眷属であり、八部衆(のちに二十八部衆)の一員です。

ガルーダが日本の仏教に取り込まれる段階で、トビの要素が入り、迦楼羅、烏天狗のイメージに繋がったものとみられています。

トビの鋭いくちばしと、大空を滑空して動物の死肉を求める不気味さ、そしてガルーダが蛇・龍(ナーガ族)を退治する言い伝えなどが、烏天狗のイメージに習合しているのです。


金鵄(きんし)伝説

Tsukioka Yoshitoshi (月岡芳年): 1839-1892,Public domain

『日本書紀』巻第三には、東征を進める神武天皇(彦火火出見)を勝利に導いた金色をしたトビ「金鵄(きんし)」が登場します。

十有二月癸巳朔丙申、皇師遂擊長髄彥、連戰不能取勝。時忽然天陰而雨氷、乃有金色靈鵄、飛來止于皇弓之弭、其鵄光曄煜、狀如流電。由是、長髄彥軍卒皆迷眩、不復力戰。

『日本書紀・巻第三』神武天皇

十二月四日、皇軍が長髄彦(ナガスネヒコ)との戦いになかなか勝てずにいるところ、突然空が暗くなり、雹が降って来た。そこに金色のトビが飛んで来て神武天皇の弓先に止まった。

次の瞬間、そのトビの体から眩いばかりの光が発せられ長髄彦の軍勢の目が眩み、力を発揮できずに負けてしまったと書かれています。

神武天皇を御祭神として祀る奈良県橿原市の「橿原神宮」では、この金鵄を瑞鳥として崇めており、金鵄をモチーフとした御神籤なども授与されています。


和琴と金鵄

和琴(わごん)は日本最古の楽器であり、雅楽に用いられる楽器の中でも唯一、日本が起源の絃楽器です。

宮中にて国風歌舞(くにぶりのうたまい)の伴奏時のみに使われ、位の高い者だけが奏することを許されました。

和琴の先端はトビの尾のような形(「鴟尾琴(とびのおごと)」ともいう)をしていますが、これには謂れがあります。

天照大御神が天岩戸に籠られたとき、美しく輝く羽を持った神、金鵄命(カナトビノミコト)長白羽命(ナガシラハノミコト)が「天香弓(あまのかごゆみ)」を六張並べて、自らの羽で弦を叩いて音を調べたのが和琴の起源とされており、明治政府編纂の事典『古事類苑』に記されています。

つまり、金鵄命とは神武東征を勝利に導いた、あの金鵄なのです。

三種の神器といえば、天孫降臨の際に天照大御神邇邇芸命(ニニギノミコト)に授けた「八咫鏡(やたのかがみ)」「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」です。

これをアマテラス系、または天津神系の三種の神器と呼ぶのに対し、大国主神(オオクニヌシノカミ)須佐之男尊(スサノオノミコト)から授かった古事記のみに登場する出雲系、国津神系の三種の神器といわれるものがあります。

それが「生太刀(いくたち)」「生弓矢(いくゆみや)」「天詔琴(あまののりごと)」です。

天詔琴は、神功皇后が神懸かりをして神のご意志を聞いた呪具でもあり、トビは神の声をこの世に伝える媒介の役割を担っていたのです。

愛宕山の天狗に由来する大豊神社の狛鵄


鵄(トビ)に所縁ある神社仏閣

橿原神宮(奈良県橿原市)
大豊神社(京都市左京区)
下鴨神社(京都市左京区)
南宮大社(岐阜県垂井町)

参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『お寺のどうぶつ図鑑』今井浄圓(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『神使になった動物たち - 神使像図鑑』福田博通(著)新協出版社

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