生命の根源を象徴する女神「貝」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第四十三回)』
「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「貝」
この『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』の文中に度々登場するキーワードの一つが「貝塚」です。
鳥獣や魚など縄文人たちが日常的に食料とした残滓が残る貝塚は、古代の日本人の食と流通の文化を今に伝えてくれます。
貝塚のメインは、やはり「貝」。貝は食料としてだけでなく、耳飾り、首飾り、腕飾り、髪飾りなどの装飾品に使われました。
縄文の人々は、普段食料にする貝は近海で捕りましたが、装飾品に用いる大きく、稀少な貝は遠洋の島を廻って調達しました。
こうして苦労して手に入れた貝が持ち帰られ、原材料や製品として流通したルートを「貝の道」といいます。
アカガイとハマグリ
『古事記』には、神の化身である「アカガイ」と「ハマグリ」が登場します。
以前、この『神々の意思を伝える動物たち〜神使・眷属の世界』で神使のウサギをご紹介した回で、大穴牟遅神(のちの大国主神)の「因幡の白兎伝説」について触れました。
出雲国の大穴牟遅神(オオナムヂ)が、兄弟の神々と一緒に因幡国の八上比売(ヤカミヒメ)という美しい女性に会うための旅に出かけるというお話でした。
このオオナムヂの兄弟の神々たちを「八十神(ヤソガミ)」といいます。
因幡国にたどり着き、八上比売に求婚をした八十神ですが、八上比売が結婚の相手に選んだのはオオナムヂでした。
これに嫉妬し、怒り狂った八十神は、オオナムヂを山奥に連れ出してこう言います。
「この山には赤い猪がいる。我々が山頂から追い下ろすから、お前は麓で待ち受けて捕まえてくれ」
オオナムヂはこれを快く引き受け、麓で待ち構えました。すると山頂から降りて来たのは、猪ではなく真っ赤に焼けた大石だったのです。
大穴牟遅は、この石に焼かれて死んでしまいます。
神産巣日之命(カミムスヒノミコト)の命を受けて、「𧏛貝比売(キサカヒヒメ)」と、「蛤貝比売(ウムガヒヒメ)」の二柱の神が遣わされます。
キサカヒヒメはアカガイ、ウムガヒヒメはハマグリの精霊です。
キサカヒヒメは貝殻を割って粉末にし、ウムガヒヒメはその粉末をハマグリから出る乳汁に加えて薬を作りました。この薬を塗ることでオオナムヂは蘇生を果たします。
実際に、貝殻を粉末にして服用する漢方などの民間療法が存在します。また、ハマグリから出る汁が乳汁と表現されている点が注目に値する部分です。
これは、母乳によって赤子がみるみる健やかに成長するように、母乳や母親の愛情が人間にとっての生命力の源であることを表しているともいえるでしょう。
『"月参り"で人生は変化する!参拝の効果を感じられない時に覚えておきたいこと【服装編】』では、「白」という色が神道でことさら重要視されている一つの理由に、白が母乳、つまり「命の根源」を表していることを書きました。
また、アカガイは赤い血を流すことで知られ、神道でも赤は「血」を表していることから、オオナムヂはこの「赤」と「白」に象徴される「命の根源」が吹き込まれることで、蘇生出来たのだと考えることも出来ます。
アカガイ(「赤」「血」)と、ハマグリ(「白」「乳」)の色からも、その役割の違いが垣間見れますね。
縄文時代の貝塚から発掘されるアカガイは、殻を加工した腕輪が多いのだそうです。
女性は豊穣のシンボルとしてアカガイの腕輪をし、男性の死者がつける場合はあの世へ無事にたどり着けるための通行手形、または復活のための呪具として使用されたようです。
一方のハマグリは、女性器と結びつけて見られていたようで、子宝・安産など「生命」のシンボルでした。
蜃気楼の語源となったハマグリ
「蜃気楼」の蜃は、ハマグリのことを指しています。
古代中国では大ハマグリが海中で気を吐くと、それが楼閣が現れると信じられていました。このことから、こうした現象を蜃気楼と呼ぶようになったのです。
この中国の故事により生じた仏様もおられます。それが「蛤蜊観音(はまぐりかんのん、こうりかんのん)」です。
唐の第17代皇帝の文宗が、ハマグリを食べようとしましたが殻がなかなか開きません。業をにやし香を焚いて祈ると、観音様が現れたのだといいます。
これに感銘を受けた文宗帝は、同じ姿の観音像を各地の寺院に安置させたのだそうです。
貝の中にできる真珠が、観音様に見立てられたのではないかとする説もあるようです。
貝に所縁ある神社仏閣
参考文献
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