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吉兆の到来をあらわす、八幡神の使い「鳩」-『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第五回)』

神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。


神使「鳩」

「鳩」は平和のシンボルとされています。

これは『旧約聖書』の中の「創世記」6〜9章の、ノアの方舟の物語に由来するものです。

人々の堕落を嘆いて、神は洪水を起こし、地上のありとあらゆるものを滅ぼします。

洪水の水がひいた47日後、ノアは一羽の鳩を放すとオリーブの若葉をくわえて方舟に戻って来ました。そこで、神罰である洪水が終わり、平和が到来したことを知るのです。

そんな平和のシンボル「鳩」ですが、その動き、鳴き声、見た目などが苦手な、いわゆる「鳩恐怖症」という病も存在します。

平和のシンボルとされ、時に恐れの対象ともなる「鳩」。

神道では神の使いとされ、吉兆到来のしるし、霊瑞をあらわす存在でもあります。

今回は、そんな神使「鳩」のお話です。


源氏と霊鳩

鳩は、全国の八幡大神を祀る「八幡宮」の神使です。

八幡宮の主神である八幡大神は、源氏の氏神であり武神として知られます。

*八幡大神とは、応神天皇(誉田別命)の神霊をさし、比売大神、神功皇后と合わせて「八幡三神」として祀られます。

また、その神使である鳩も、源氏と深い関わりがあります。

陸奥守であり、河内源氏の二代目棟梁だった源頼義(988-1075年)が、奥六郡を支配する安倍氏との間で争った「前九年の役」のこと。

将軍は馬を下り、都の御所を遥拝してこんな誓いを述べた。「今、天の威これ新たなり・・・伏して乞う。八幡三所、風を出し、火を吹き、彼の柵を焼きたまえ」そしてみずから火を取って神火と称し、これを投げた。このとき鳩あって軍陣の上を翔(とびかけ)た。将軍が再拝すると暴風たちまち起こり、煙焔は飛ぶがごとくであった。

『陸奥話記』(『八幡大神 鎮護国家の聖地と守護神の謎』田中恆清(監修)より)

八幡大神により、霊鳩が遣わされ、鎮守府将軍・頼義を勝利に導いたのです。

神奈川県の「鶴岡八幡宮」は、源頼義が奥州を平定し鎌倉に帰ったあと、源氏の氏神として「石清水八幡宮」を由比ヶ浜に祀ったのが始まりです。

その頼義の子孫であり、源頼朝、義経兄弟の従兄弟にあたる木曾義仲こと、源義仲にも霊鳩に関しての、こんな逸話があります。

越中国砺波山(となみやま)の山中で平家軍と対峙した義仲は、そこに八幡社があると知り、平家討伐の願文を奉った。このとき願書の末尾に「もし自分を救援してくれるなら、一の瑞相を見せしめたまえ」と記した。すると、その願いに応えるように「雲の中より山鳩三(羽)飛来て、源氏の白旗の上に翩翻(へんぽん)」した。義仲はその後の合戦で平維盛率いる北陸追討軍を討ち破り、京都へと軍を進めた。

『平家物語』巻七「願書」(『八幡大神 鎮護国家の聖地と守護神の謎』田中恆清(監修)より)

また、従兄弟の源義経にも同様の話があります。

白鳩二羽が船の屋形に降り立った。ちょうどそのとき、平氏の主だった人々が入水した。

『吾妻鏡』(『八幡大神 鎮護国家の聖地と守護神の謎』田中恆清(監修)より)

現れた鳩は、直接的に敵軍に対して霊威を発揮するわけではありません。

目の前に鳩が出現することそのものが、鳩を目撃した者の吉兆や、難局を突破することを象徴しているのです。

鳩が八幡大神の神使となった由来

宇佐八幡宮・祓所(大分県宇佐市)

貞観元年(859年)、奈良・大安寺の僧侶である行教和尚は、「宇佐八幡宮」にこもった際に八幡大神から「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との託宣を蒙ります。

京都の男山は、都の裏鬼門(南西)に位置し、表鬼門(北東)にある比叡山延暦寺とともに、国家鎮護の要所としても重要な地でした。

この託宣により男山山頂の地に、宇佐八幡宮より八幡大神が勧請され「石清水八幡宮」が創建されます。この遷座の折に、船の帆柱の上に金色の鳩が現れたことが由来だとされています。

他にも、鳩が向き合うと八の字になる、「八幡(やはた)」の「はた」が「鳩」へと変化したなどの説もあります。

また、鳩は神に外の世界の危険や危害を知らせ、人々に神意を伝達する存在だと信じられていたようです。

石清水八幡宮

石清水八幡宮・楼門(京都府八幡市)

「石清水八幡宮」の境内では、八幡大神の神使である鳩を随所で見ることが出来ます。

八幡造の本殿正面の楼門には、向き合う一対の鳩の錺金具(かざりかなぐ)があります。よく見ると右側の鳩はかすかに口を開けていますが、左側の鳩は口を閉じているのが分かります。そう、この鳩は狛犬同様、阿形、吽形の鳩なのです。

石清水八幡宮・一ノ鳥居(京都府八幡市)

表参道の入口には、寛永13年(1636年)に建てられた一ノ鳥居があります。

この一ノ鳥居の扁額、「八幡宮」の「八」の字を見ると、こちらも一対の向き合った鳩が。ただし、楼門の鳩と違って、向き合ってはいるものの、顔だけは互いに外を向いています。

石清水八幡宮では、鳩をあしらったおみくじや、お守りなどバリエーション豊かな授与品が人気となっています。


鳩森八幡神社

鳩森八幡神社(東京都渋谷区)

東京都渋谷区に鎮座する「鳩森(はとのもり)八幡神社」は、千駄ヶ谷一帯の総鎮守として崇敬を集めて来た神社です。

こちらの神社にも、鳩の不思議な霊験譚があり、それが創建の由緒になっています。

『江戸名所図会(江戸後期に刊行された地誌)』によると、この地にはめでたいことが起こる前兆を示す瑞雲(ずいうん)がたびたび現れることがあったそうです。

ある日、晴天の空の下に突然、白雲が降りて来ました。不思議に思った村人たちが森の中に入って行くと、数多くの白鳩が飛び去るのが見えました。

この霊瑞(不思議で、めでたいしるしのこと)により、村人たちはこの森に神様が宿る小さな祠を建て、ここを「鳩森(はとのもり)」の名付けたのです。

神社の鳩たち

日牟禮八幡宮(滋賀県近江八幡市)
靖国神社・鳩魂塔(東京都千代田区)
三宅八幡宮・鳩みくじ(京都市左京区)
鳩森八幡神社・鳩みくじ(東京都渋谷区)


鳩に所縁ある神社

宇佐神宮
石清水八幡宮
鶴岡八幡宮
鳩森八幡神社
など全国の八幡社
靖国神社

参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版
『八幡大神 鎮護国家の聖地と守護神の謎』田中恆清(監修)戎光祥出版

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