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マイナンバー制度の100歩先を行く、エストニアのe-IDはここがすごい by『世界デジタル紀行』 

●  SkypeとWiseが生まれた国 

フィンランド港から乗り込んだのは、客室が1階から4階まである大型船である。たいそうな船旅になるかと思いきや、出航からわずか2時間半、船の中を探検しているうちにエストニアのタリン港に到着した。

乗っているのはほとんどフィンランド人、背が高いからすぐに分かる。親子連れが多いのは、週末をエストニアで過ごすのだろう。

エストニアの物価はフィンランドの3分の1から半分程度で、お出かけと買い出しを兼ねて遊びに来る人が多いとは聞いていたが、その賑わいが予想以上で驚いた。

エストニアの首都タリン、港からタクシーで10分もすれば世界遺産に登録された旧市街があり、石畳とオレンジのレンガで彩られた中世の街並みが広がっている。

このエストニア、世界の最先端のIT先進国でもある。ビデオ会議システムで有名なSkype(スカイプ)や世界的な送金システムのWise(ワイズ)もエストニアで生まれたサービスである。

そして、日本のマイナンバーのお手本とも言われるID制度があるとともに、いま、国を挙げてe-Estonia(イーエストニア)という電子国家を作ろうとしている。

フィンランドからエストニアへいく大型船
こんな大きな舩が1日10便も出ているとは、
なんとも活発な往来である
森と海とオレンジの屋根の旧市街
かわいらしいアイテムの多い街である
駅のそばで開かれる市場には
のどかな雰囲気が漂う
銀行の看板
日本とは違うおしゃれセンス


●   e-IDカードで何でもできる

エストニアはリトアニア、ラトビアとともにバルト三国の一つで、いまはEUに加盟しているが、昔は旧ソ連の一員だった。1991年にソ連から独立したものの、人口も少なく、大きな産業がない中でどう生き残っていくのか、選んだのがIT化の道である。

旧ソ連では地域ごとに担う産業が割り当てられ、例えば、ウズベキスタンは綿花、カザフスタンは小麦、その中でエストニアはITを担っていたため、IT技術者が豊富だった。

1996年からタイガーリープという名のプロジェクトがはじまり、すべての学校でインターネットへアクセスできる環境を整え、2000年にはICチップのついたe-IDカードの発行が開始された。このe-IDカードが電子国家e-Estoniaのすべての入り口となる。

今では、e-IDカードを使い、行政のあらゆるサービスがオンラインでできる。

出産の申請をすると、子供もe-IDカードが発行され、子供の一生がはじまる。学校の入学、成績管理はもちろん、日々の出欠、宿題の提出、高校受験の申請もこのカード1枚で行う。

バスに乗る場合も乗車券となり、無料で乗車できる。病気になった時の、診察の履歴はパーソナルヘルスレコードとして保存される。大人になり免許を取得すれば、免許情報が加えられ、駐車料金の精算にも利用できる。EU内に限ってはパスポートにもなる。

社会人になり、働きはじめると税金を納めるが、納税もこのカードを利用して行う。さらに、家を借りたり、銀行口座を作ったりと様々なサービスを利用する際には契約書の署名が必要となるが、e-IDでデジタル署名できる。

どれもPCの前に座って、このカードをカードリーダーに読み込ませて操作するだけである。モバイル版もあり、スマホでも可能である。

なお、e-IDカードでできないことは結婚・離婚と不動産登記だけである。
結婚・離婚は冷静になるために紙での届け出を必須としているとのこと。ごもっともである。

こんなIT先進国だが
買い物は現金払いが多かった

エストニアのホテルでスタッフの女性にe-IDカード持っているか聞いてみた。ニコっと笑って見せくれた。便利かどうか聞いたが、当たり前過ぎて便利とも思わないという。

これだけ何でもできる重要なカードの本人確認は指紋か静脈認証などの生体認証と思いきや、4桁の暗証番号、さらにデジタル署名のためには5桁の暗証番号。頭の中で保管できるから生体認証より安全という。

高齢者も使いこなしているのだろうか。エストニアの高齢化率は20%と高い。ある調査によると70代でも70%以上の人がe-IDカードを用いてe-Estoniaを利用しているという。

役所や銀行に行くのに比べたら、便利だという。高齢者でも使えるように、講習会も行っているが、そもそも現在70代の人もe-Estoniaがはじまった頃はまだ50代だったので、その時から慣れているから大丈夫と聞いて、なるほどと納得。

また、日本のオレオレ詐欺のような高齢者を狙った詐欺は聞いたこともないという。ただし、現地の女の子は、おばあちゃんの操作は私がするよ、冷蔵庫に暗証番号が貼ってあるよと言っていた。

本当に大丈夫かなとちょっと心配になった。

● あなたもエストニア国民になれる

エストニアにはもうひとつ興味深い制度がある。e -Residency (イーレジデンシ―:電子国民制度)という制度で、世界の誰でもエストニアの電子国民になれるのだ。

この制度の根底には、国家は、国土や国境という物理的な枠組みに捉われないという革新的な考え方がある。これはエストニアの歴史に大きく関係している。

エストニアは、国土は小さいが交通の要所にあったことから幾度となく周辺の国々に占領されてきた。13世紀のデンマークの占領にはじまり、スウェーデン、ロシア、1918年に一度は独立を果たすもののまたソ連に併合されてしまい、1991年にやっと独立を果たすことができたのである。

この経験を踏まえ、エストニアの国土がどうなろうとも、人々がエストニア国民でいられるようにデジタル的に国家を規定するというコンセプトでe -Residencyは設計された。

Estoniaの電子政策を紹介するショールーム
コンセプトから現在の状況まで丁寧に教えてくれる
視察者は日本人が一番多いという
おしゃれなショールームも
外観はこんな地味なビル。
実に、プロモーションが巧みな国である。

電子国民になるには、e -Residencyのホームページで身分証明書とともに、申請をし、約200ユーロを支払う。2週間ほどで申請が通り、エストニア大使館に受取りにくるように連絡がくる。

大使館は表参道の裏手の閑静な住宅街にある。大通りから中に入り、曲がり角の多い住宅街を不安になりながら進むと、そこにあったのは、緑色の壁がわかいらしい一軒家。

インターホンを押すと日本人のスタッフが迎えてくれて執務室へ通された。内装は、落ち着いた深い茶色の木とグリーンのカーペットで整えられ、暖炉もある。壁にはかわいらしい人形や壁飾りが飾ってあり、どことなくエストニア気分を味わえる。

その後、大使館員からエストニア国民としてどんなことがしたいのかなど、10分位、英語で質問され、無事にe-IDカードを受け取ることができた。(つづく)

私もエストニア国民
e-Regidency IDカード

※この文章は、『世界デジタル紀行』に収録している内容を一部編集し、改題したものです。
※この旅行は、新型コロナウイルス流行前におこないました。



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