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シンガポールのタクシーは手を上げても止まってくれない by『世界デジタル紀行』

 ●漁村からアジアの金融センター、そしてデジタルへ

シンガポールのチャンギ国際空港は広くて清潔感がある。ゴミもなく、人々はきちんと行列に並び、クーラーも快適である。

アジア人が多いため、日本と言われると見間違えてしまう。空港から一歩出ると、蒸しっという空気が身体を包み込み、ようやくここがシンガポールということを実感できる。

市内までの道のりは、ヤシの実や年季の入ったタワーマンションを見ながら進むことになる。高速を抜けて街に入ると、人も車も増え、賑やかな街並みが広がってくる。

ビルの隙間から見覚えのあるマリーナベイが目に入ると、ほっとするとともに、着いたぞという実感がわいて、嬉しくなってくる。

小さな漁村だけの国だったシンガポールは、リー・クアンユー元首相の強いリーダーシップによって、輸出指向型の工業国、アジアの金融センターとして経済発展を遂げた。そして、近年はデジタル分野に注力することで大きな発展を続け、東南アジアのデジタルリーダーとしての地位を確立しつつある。

多民族国家なので民族色のある街並みが広がる。
こちらはアラブ人街にあるモスク
近代的な建物が並ぶきらびやかな夜景
屋台はカジュアルな雰囲気

● 配車サービスは新たな社会インフラ

シンガポールでは、道で手を上げてもタクシーは止まってくれない。ほとんどのタクシーは配車サービスに登録しているため、配車アプリで呼ばなければならないのだ。

よく見かけるのは緑のロゴのGrab(グラブ)である。Grabのアプリをインストールして、ショッピングセンターからホテルまで利用してみることにした。

アプリ上に示された地図で現在地をタップすると、近くにいる車を探してくれる。マッチングができると、車のナンバーと運転手の顔写真、名前、そして運転手の評価が星の数で表示される。私がマッチングした運転手の評価は星5個だったので、安心である。

シンガポールのGrabのアプリ
いまは日本でもおなじみだが、はじめて見たときは
なんて便利なのだろうと驚いた
世紀の大発明である

あと5分で到着すると表示されたが、ショッピングセンターの入り口ではGrabの車を待つ人でごった返している。車が到着したというお知らせが届いたが、人と車が多過ぎて、どの車だか分からない。

ナンバーを探すが見つからない。しばらくすると、運転手から電話がかかってくるが、早口でよく聞きとれない。

そうこうしているうちにマッチングがキャンセルされてしまった。仕方なく、もう一度同じことをして、再度マッチングする。今度は上手く乗ることができた。どうやら私の示した乗車地が少しずれていたようだ。

慣れればもう少し便利かもしれないが、ショッピングセンターのような混雑する場所では、列に並んで順番に乗る方が気楽な気もする。

運転手がとてもラフで話しかけてきてくれたので、Grabに関する世間話をしていると、本業はタクシーの運転手ではなく、工場に勤めているという。

いまは仕事が暇だからお小遣い稼ぎに自分の車を使い、Grabで運転をしているとのことだが、Grabには同様にお小遣い稼ぎのアルバイト感覚の運転手も多いようである。

そうこうしていると、運転手のスマホには次の配車の依頼がいくつも舞い込んで来る。ルートや料金を見て、条件の良さそうな依頼を選んで承諾するそうである。

また、行先だけではなく、乗客の評価も見ることができるようだ。私のように乗車位置にいなくてキャンセルされた人は評価が下がるので、次は運転手に選んでもらえないかもしれないと思うと、次にタクシーに乗れるかいまから不安になる。

そうこうしているうちにホテルに到着。お金はクレジットカードで事前に支払ってあるので、Thank Youと言って、そのまま降りればいい。これは驚くほど気楽だ。旅行先でタクシーに乗ると、メーターが動いているか、遠回りされないか、お釣りをごまかされないか等小さいことでも気を張ってしまう。

その点Grabでは、乗るルートは乗車地と目的地をもとに事前に決められて地図上に示されているし、いまどこを走っているのかもリアルタイムで分かる。そもそも料金は乗車前に決定して支払い済みなので、色々といらない心配をしなくていい。

初乗車はトラブルもあったが、一度使ってみると便利である。慣れればもっと便利だろう。降車後に確認すると、運転手は乗客である私に星5個を付けてくれたようだ。

和気あいあいと話しをしていたので、評価が低かったらかなりショックだなと心配していたがひと安心。私も快適な小旅行に星5つを付けた。

今回、私は配車アプリを利用して、初めてプロのタクシードライバーではなく、一般の人が運転する車に乗った。

乗車時はあまり気にならなかったが、いま思うと、迎えに来たのはロゴのない普通の車だったし、運転手は柄のシャツを着て、スマホの地図を見ながら運転していたし、座布団が片方の座席に寄っていたなどかなりラフだった。
運転は特に上手くも下手でもなかった。

シンガポールタクシーの車内
おじさんとのおしゃべりが楽しかった

ルートは、Grabアプリがナビゲーションしてくれるので、説明する必要もないし、道に迷う心配はない。運転手と乗客の相互評価も、観光客はともかく、現地で多くの人が頻繁にGrabを利用しているので、十分機能しているだろう。

おしゃべり好きなのは旅行者の私にはちょうどよかったし、評価を上げるために、運転手、乗客ともに緊張感と和やかさを持って対応するので、マナーの悪い運転手が減って、快適な乗車が期待できるだろう。

●データを貯めて金融サービスへ

配車サービスではじまったGrabだが、今ではフードデリバリー、宅配、レンタカー・ホテル予約、チケット販売、映像配信など様々なサービスをはじめている。

さらに、昨今、Grabが本腰を入れているのが小口融資や保険などの金融サービスだ。そして、金融サービスのカギとなるのは、Grabを利用する中で蓄積された個人のデータである。

既に実施している運転手向けの融資では、例えば運転手が新しい車を購入するのに資金が必要な場合、Grabに蓄積された運転手の日々業務実績をもとに審査をして融資額と金利が決定される。

ジャカルタのGrabはバイクタクシーも盛ん
緑の制服で道が埋め尽くされる

このような金融サービスが、今後は私のようなGrabの利用者も対象に拡大される予定であり、利用実績や評価などのデータをもとにお金を借りることができるようになるかもしれない。

今回、配車サービスを利用して評価される緊張感を感じたが、金融サービスの審査に乗車実績のデータが使われると思うと、これからは背筋を伸ばして乗車しようと決心した。 (つづく)

※この文章は、『世界デジタル紀行』に収録している内容を一部編集し、改題したものです。
※この旅行は、新型コロナウイルス流行前におこないました。


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