見出し画像

AIが変えた飲料開発、「男梅サワー」とIBMの意外な関係とは?

サッポロビールの「男梅サワー」開発に日本IBMのAIシステムが使われていることは既に業界で注目を集めている。しかし、そのシステムを支える立役者は一体誰なのか?

開発を進めた日本IBM当事者に話を聞くべく2023年末に日本IBM箱崎ビルに伺った。取材相手はプリンシパル・データサイエンティスト佐藤和樹氏だ。2009年日本IBM入社、「若いうちにしかできないことに挑戦したい」という情熱のもと、最前線でエンジニア力を蓄えた後にコンサルティングチームに移籍、その後はデータ分析を強みにキャリアを積み重ねたのちに関わったのがサッポロビールのプロジェクトだ。

日本IBM プリンシパル・データサイエンティスト 佐藤和樹氏に話を伺った。

佐藤:「データ分析のキャリアの中で化粧品などの素材配合をAIで行う仕事に醍醐味を感じていた時でした。食品や飲料でも配合ソリューションを活かしてみたいと考えていた時に、出会えたのがサッポロビール様です。先方も商品開発におけるDXを検討しているタイミングでして、双方のニーズが合致してプロジェクトが始まりました。」

 商品開発におけるDXとは具体的にどのようなものだったのか?

佐藤:「サッポロビール様はAIを使って、新規性や意外性のある商品を開発するだけではなく、技術継承も目的としていました。組織や人が変わるたびに技術継承が問題になる。会社としてのアセットであるノウハウを残していく必要があると考えていらっしゃいました。よって、日本IBMはAI単体を利用した商品開発だけではなくノウハウ継承も可能となるシステム構築を一緒に考えさせていただきました。」
 
佐藤:「私個人としては、素材配合予測を行う新しい研究開発のDXに挑戦したいとも考えておりました。それは、今までの商品開発プロセスを逆アプローチで行うというもの。具体的に説明しますと、機械学習はある条件のもとに結果が生み出されるので、条件が変われば結果も変わるという因果関係があります。配合に関していうと物性値が変わると人の官能評価も変わる。私は、AIを活用して逆のアプローチに挑戦していと考えていました。つまり、“結果を起点として、条件を作る”アプローチです。
 
サッポロビール様と一緒に作る際には、「結果」を「期待値(こうしたら消費者が買ってくれるはず、こういうのが欲しい)」として設定し、期待値の数値化を行うところからスタートしました。どのようなメーカーも官能評価により消費者のニーズをテキストで残しています。例えば「後味がすっきりしていて欲しい」とか「深みがある味が良い」などというテキストです。IBMは分析が得意なので、この官能評価のテキストを数値に置き換えました。この官能評価データを数値化することにより、目標の明確化がしやすくなります。例えば、最初のテストで4だったものを、次には4.5に上げて最終的には10に上げる、など組織を跨いでも数値をベースにコミュニケーションしていけるようになります。」
 
日本IBMが作った数値ベースのAI評価システムをベースに、サッポロビールが実際の商品開発に活かしていくという関係性で作り上げたのが「男梅サワー」であるが、このシステムを活用することにより、塩分やアルコール分を抑えつつしょっぱさやアルコール感を出す香料を配合した商品が生み出された。塩分控えめ & アルコール控えめな飲料は、現代の消費者ニーズをとらえている。 

人間の開発者とAIのみの開発の比較

佐藤氏に開発プロセスにおいて特筆すべきことは何かを伺ったところ、人間の開発者とAIのみの開発の比較を行ったエピソードを共有してくれた。
 
佐藤:「あるテストにおいて、人間の開発者がAIを使わずに作った商品プロトタイプと、AIだけで作ったものを比較するというテストを行いました。結果、AIは人間に負けませんでした。もちろん人間が作った方が良いものができます。なぜならば、AIは過去の原料からしか結果を導き出せないですが、人間は新たな香料を生み出すことができるからです。ただ、これはあくまでもテストでしかなく、実際に商品開発をする際には、人間がAIを使うことになります。人間がAIを使うことにより、早く・楽で・意外性のある開発効率良い商品開発ができるようになります。」
 
今回の取り組みを通して嬉しかったことは何か?
 
佐藤:「最初は否定的だった方々も、より前向きにAIを活用した商品開発に参画してくれるようになったことが嬉しかったのと、普段のIBMの仕事はB2Bですが、今回はB2B2Cの商品開発だったので、実際に飲まれた方から、飲んだよ!美味しかったよ!という声をいただけたことも大変励みになりました。」
 
IBMといえばB2B、ITが主軸なので、一般消費者に消費財として成果が届けられることが少ないが、今回の「男梅サワー」に関しては、サッポロビールの商品開発プロセスに入ることにより我々の手にも届くものとなっている。ぜひ興味ある方はAIがお手伝いした味を楽しんでみてほしい。

「普遍的なものは何か?」を見極める力

最後に佐藤氏が今後挑戦したいこと、次世代に伝えたいことを伺った。

佐藤:「既に挑戦をし始めていることなのですが、今度は食品の配合に挑戦します。原料の探索から、商品企画・マーケティングまで一気通貫でサポートする商品開発AIシステムの挑戦です。原料に関していえば、原料調達における人権問題や、環境問題考慮の現場かどうか?トレーサビリティーも含めて管理できるようになるので、サステナビリティー文脈でも新しい事例が作れると考えております。
 
そして、このような目まぐるしく社会情勢やテクノロジーが進化する時代において、多くの方は最新事例や動向に目が奪われがちだと思うのですが、変化が激しい時代だからこそ「普遍的なものは何か?」を見極める力を身につける必要があると考えています。私の場合は、IBMのシニアの有識者が探求してきた過去知見をみて、どのように着想を得ているのか?を理解し、その視点を自分の現在のプロジェクトに活かすようにしています。そのような見極め力がついてくると、何が普遍的なもので、何が一時的なものなのか、見えるようになってきます。
 
より具体的にお伝えするならば、シニアが持っている数十年蓄えた知識に耳を傾けて、自分ならどのように活用できるか?を判断する力が大事だと思っています。学生であれば、大学の指導教員の言葉に耳を傾け、若手社員であれば先輩社員の言葉に耳を傾ける力も必要です。」
 
AIを活用した商品開発という新たなプロジェクトに挑戦する佐藤氏は、新しいものを生み出すためにはシニアの声を聞けという。多くのテクノロジーやトレンドに飲み込まれずに成果を出すためには、温故知新のマインドセットが大切であることを佐藤氏の言葉から感じる。
 
様々なヒントに溢れるインタビューの内容を、二十歳以上のお酒が飲める方々は「男梅サワー」を片手にもう一度見直してみてほしい。人間にしかできない「味わう」能力も楽しみながら、未来を作る力のヒントも佐藤氏の言葉から味わってみてほしい。
 
 
 
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?