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麝香の紫煙を追いかけてジルを探す ー 穏やか貴族の休暇のすすめ。[煙草の歴史と変遷]

まさか休暇。の考察で現実世界の雑学を書くことになるとは思ってもみませんでした。しかも直近最後に書いた雑学回(結婚商売にまつわる雑学⑦)と同じく、またもカトリーヌ・ド・メディシスご登場です。とはいえ今回は〝休暇。〟で〝煙草〟…そうです、ジルに関わりのある雑学です。


煙草の歴史と変遷

煙草の中身ってどうなってるの?!でざわつくTL

こちら、筆者が旧・青い鳥にアップした煙草の手巻き動画です。
我が家は夫も私も喫煙者で、煙草を手巻きしています。
煙草を巻く際、「煙草がもう無ぇ…」というジルの名(?)セリフとともにアップする手巻き画像に反応してくださるフォロワーさんが多く、とうとう「動画を公開せよ」というリクエストをいただきまして撮影したのがコレです。
「煙草の構造がどうなっているか知らなかった」、「手巻き面白そう!吸わないけど」というコメントが相次いだのですが、FF外の休暇。ファンの方からも反応いただき、〝ジルの煙草〟が気になっている方も多いんだろうな〜とも感じる結果でした。

余談ですが、我が家が手巻き煙草になった発端は、夫が愛飲していたフランスの「Gitanes」の輸入終了です。ルパン三世や『紅の豚』のポルコが吸っていることでお馴染みの銘柄です。
他の煙草を吸うくらいなら煙草やめると言っていたのに、気づいたら手巻きに沼っていました…。

コロンブスが知り、ニコが持ち帰り、カトリーヌが広めた煙草

タバコはヨーロッパに知られるより遥か昔から、南米の民族に薬として用いられていました。主なスタイルは現在にも通じる、刻んだタバコ葉を包んで巻いたものや葉巻です。マヤ文明の宗教儀式で使われたことを示すレリーフも残っています。

ヨーロッパとタバコの最初の接点は15世紀末、我らが黄金の国ジパングを目指してサンタ・マリア号で航海に出たコロンブスの探検隊にあります。コロンブスは1492年に南米・西インド諸島のグアハニ島で、先住民族から「香り高い乾燥した葉」を渡されました。その後、16世紀前半に大航海時代の覇者となったスペイン帝国がタバコと喫煙の習慣をヨーロッパに持ち込み、また世界各地に独占的に売り込んでいったのです。その状況は無敵艦隊が1588年のアルマダ海戦でイギリス海軍に敗れ、制海権と貿易大国の地位を失うまで続きます。

さて、タバコの原材料はナス科タバコ属の熱帯原産の植物です。学名をNicotiana tabacumと言います。依存性の高い毒物として目の敵にされる成分ニコチンはここから来ています。
しかし「あれ?」と思いますよね。タバコの語源はポルトガル語あるいはスペイン語のtabaco(英: tobacco)であるのはご存知の方も多いでしょう。
では学名の一部のNicotianaはどこから来たのかというと、フランスの外交官ジャン・ニコに由来します。

ニコは16世紀半ば、ポルトガル王国の幼年王セバスティアン1世と、フランス王国のアンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの娘であるマルグリット・ド・ヴァロワの婚姻交渉(これは決裂)のために、駐ポルトガル大使としてリスボンに赴任。帰国の際、タバコをフランスに持ち帰りました。かの馬上槍試合で既にアンリ2世は崩御しており王太后となっていたカトリーヌは、この希少な品を頭痛薬として珍重し、さらには宮廷に広めたことからフランスの上流階級でタバコが普及したとされます。
現在フランス語でタバコはLe tabacですが、当時は外交官ニコにちなんでNicotineと呼ばれていました。絶対王政下のフランス宮廷文化が中央ヨーロッパ諸国に与える影響は常に大きく、この流れがあって、タバコの学名はNicotiana tabacumとなったわけです。
ちなみに命名したのは18世紀半ばに活躍したスウェーデンの生物・植物学者カール・フォン・リンネ(〝分類学の父〟と称される大リンネ)です。彼自身も愛煙家であり、煙草は有毒だが一部の病気や傷病には有効という見解だったようです。

⬇️カトリーヌさん前回の雑学ネタに続いて大活躍ですね…

お国の事情で変わりゆく喫煙スタイルの歴史

スペインがヨーロッパに持ち帰った喫煙方法は、南米の先住民と同じ「巻きタバコ」(シガリリョ)と「葉巻」でしたが、これは各国の事情によりさまざまに姿を変えます。
16世紀半ばのフランス宮廷では所謂パイプが主流でした。ところが17世紀に入ると、ルイ13世が「鼻から煙を出すのは下品」と煙を禁止したため、嗅ぎタバコ(葉を己の鼻に詰める…)が貴族の間で広まります。これがやがて「フランスの宮廷文化こそ至高」となっていた諸国にまで広まるのです。
18世紀に入ると各国でパイプが復活したりブームになりますが、フランス宮廷においては大革命の時代まで嗅ぎタバコが続きました。そのため【嗅ぎタバコ=貴族】、【パイプ=革命】というイメージ対立まで生まれました。

一方スペインはどうだったかというと、嗅ぎタバコがブームだった時代もあるものの、その後18世紀に入るとタバコの売り上げ規模を拡大するため、葉タバコの消費量の多い葉巻が国家主導で生産されるようになります。18世紀半ばになると紙巻きタバコの先祖とも言える「パペリート」の生産も始まり、スペインにおいては男性は葉巻、女性はパペリートが主流になりました。これはビゼーのオペラで有名なメリメの小説『カルメン』でも描かれていますが、イベリア半島の文化はなかなか中央ヨーロッパに広まらず、スペイン・ローカルと言える状況でした。

さて大革命で喫煙事情が変わったフランスですが、その後さらに事情が変わります。遍歴皇帝ナポレオン・ボナパルトの登場です。
もともと愛煙家だったナポレオンは、スペイン遠征で葉巻に出会いました。将校から兵士までパイプの面倒臭さから解放される葉巻が気に入り、これをフランスに持ち帰ったことでまたもやヨーロッパ諸国に流行。ドイツではブルジョワジーにもてはやされましたが、プロイセン王フリードリヒ2世(大王)は貿易収支を圧迫するとして葉巻を含むタバコ輸入禁止令まで出しています。「葉巻は金持ちの贅沢品」というイメージは19世紀からあったわけですね。

ところでスペイン・ローカルしかも女子限定だったパペリートはともかく、シガレット(紙巻きタバコ)はいつ出てくるのかというと、19世紀半ばがターニングポイントだったようです。有力な説はクリミア戦争でパイプを失した兵士が、火薬の包み紙で刻みタバコをくるんで火をつけたというもの。
とはいえ、アメリカでは噛みタバコ、日本ではキセルと葉巻、インドでは水タバコと、お国の事情で喫煙スタイルが違うのは20世紀の世界大戦あたりまで続いていきます。なにしろ、冒頭の動画をご覧いただければ分かる通り、紙巻を手作業で製造するのは工数がかかります。また、タバコ(特に葉巻)は手巻きが一番というイメージがありました。

ここで先述のフランスのシガレット「Gitanes」に話を戻しましょう。
ジタンは黒タバコという発酵させた葉タバコを使用しており、葉巻に似た独特の熟成香があるとされています(私は夫から2、3回失敬した程度ですが、なんかわかる)。
そしてジタンの箱、これは昔から「タバコの意匠の傑作」として世界的に大変有名なものですが、ジタンブルーと呼ばれる青い箱に描かれているのは踊るジプシー女です(現代では差別用語とされますが敢えて使用します)。
ジタン(発音はジタンヌが正解)とはフランス語でジプシー女のこと。
なぜロマの女性がモチーフになっているかというと、これも『カルメン』が関わっています。かつて、葉巻は「女性の柔らかい太ももの上でローリングされたものが最上級」とされ、葉巻といえばスペイン(現在はキューバを筆頭に、ドミニカやホンジュラスなど原産国である南米が有名)であり、フランス人にとって葉巻工場の女性といえばジプシー女のカルメンだったからです。

我が家に少数残っているGitanesのパッケージ

この紙巻き最弱状況を打破したのが製造大国アメリカです。19世紀末、実業家ジェームズ・ブキャナン・デュークはジェームズ・アルバート・ボンサックが開発した世界初の紙巻きタバコの巻き上げ機の使用権を取得してシガレットの大量生産に乗り出しました。当然ながら機械巻きなら人件費を含めてコストは大幅に削減できます。その後デュークは「インペリアル」ブランドを設立するなど貪欲に世界のタバコ市場を狙い、紙巻きタバコはとうとう1923年にシェアトップに躍り出たのでした。

ジルの煙草は葉巻かシガレットか

ノベルの記述と挿絵を見てみると

ジルの煙草のヒントは原作に書かれています。

まず、ジルはストレスが溜まっていたりイライラするとフィルターを噛み潰します。この時点でフィルターのないガチの葉巻は検証の対象外になります。
では紙巻きかというと、これもおそらく違います。まずイメージ先行で恐縮ですが、休暇世界は19世紀前半の中央ヨーロッパ(筆者の中ではパルテダはウィーンのイメージに近いです、カフェが多かったりとか)の雰囲気があります。そして休暇世界は基本的にすべて手工業で成り立っていますので(カヴァーナの魔道具を除く)、紙巻きタバコのある世界観ではないんですね。

決定打はノベル4巻と9巻に出てくる、さんど先生の挿絵です。「なろう」版派の方にはすみませんなのですが、ジルが吸ってる煙草って細身の葉巻に見えませんか?
あれ、所謂ドライシガー(またはシガリロ、スペイン語で〝小さな葉巻〟)と呼ばれるものです。
ドライシガーにはフィルターチップ付きのタイプが存在し、ガチの葉巻ほど喫煙時間が長くなく(それでも20分くらいかかる)、管理も容易で、比較的気楽に吸うことができます。

麝香の紫煙は有り得るのか?

ここで(めんどくさいので)JTさんの解説をまるっと引用します。

シガーのことを日本語では「葉巻」と表現します。紙巻たばこ(=シガレット)と大きく違うのは、「葉巻」という字の通り、外側がたばこの葉で巻かれていることです。
シガーは、ラッパー、バインダー、フィラーという3つの部分から構成されています。「フィラー」とはシガーの芯の部分であり、ここで使用する葉たばこの種類やブレンドによって喫味・香りの基本が決まります。「バインダー」は、フィラーを締めつけるために巻かれる葉たばこのこと。そして、フィラーとバインダーの燃焼を促す役目を果たすのが「ラッパー」。一番外側に巻かれている葉たばこのことです。
見た目にはさほど変わらないシガーも、2種類に大別することができます。それは見た目や味、値段の差ではなく、構造の違いからです。
プレミアムシガーとは、製造工程のすべてが職人による手作業で行なわれるもの。簡単な言い方をするとハンドメイドのシガーです。そして一番重要なのがフィラーの部分。数種類の1枚葉の葉たばこを重ね合わせ、雑巾を絞ったような状態で芯を形成しています。
ドライシガーは機械で作られているものが多く、マシン・メイドのシガーといっても差し支えないでしょう。フィラーには葉たばこを細かく刻んだものを用いています。ドライシガーの中には香料などを使用して、香りづけを施している場合もあります。

JT公式サイト「What's Cigar?」

はい、重要なワードが出てきました。非喫煙者の方は煙草の味が何で決まっているかご存知ないかと思いますが、要素のひとつが「香料」です。

〝ジルの煙草〟を語る上で絶対外せないのが麝香(ムスク)の残香がすること、そしてリゼルがその香りを好むがゆえにジルが銘柄を固定してしまったことです。

実は筆者の煙草も香料を入れています。正確には、紙に巻く刻みタバコ(シャグと言います)を使い分けていまして、ベースとなるヴァージニア葉に、香料が染み込んでいる葉を混ぜて巻いています。
個人的には少し甘めの味と香りがほしいので(バリバリの左党なのに煙草だけ甘めが好き)、ベリー、ワインベリー、アールグレイといったものを用いています。

このように、葉タバコに香り付けをすることは一般的に行われており、それはJTが販売している一般の紙巻きタバコにおいても変わりません。開発チームの中に風味を決めるスペシャリストがいて、ベースとなる葉や香料を選んでいるのだそうです。(これはJTのブックレットで読んだことがあります)

しかるに、麝香の香りがする煙草というのは有り得ないことではないのです。
まぁ、麝香を使ってる時点で双子さんにボラれずともアホみたいに高くなるのは仕方がないですね。


【参考文献】
JT公式サイト:たばこの基礎知識
たばこと塩の博物館:たばこの歴史と文化
高知大学学術情報リポジトリ「18世紀プロイセンのタバコ法令」
(高知大学教育学部 柳川平太郎)
世界史の窓:タバコ


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