リゼル、心の旅 ー 穏やか貴族の休暇のすすめ。[ジルという運命の輪]
2024年最初のnoteでは、長らく考えまくったジルのイデア論をまとめました。
今回は、リゼルが休暇世界とジルから得ているもの、そしてリゼルとジルと陛下の性質をリゼル自身がどう見ているかを考えてみます。
【おさらい】ジルから見たリゼルとの関係性
前稿では「友愛では説明できないのがジルから見たリゼルとの関係ではないか?」と述べました。過去稿も含めて要約すると、こうなります⬇️
青年貴族は〝旅〟をするもの
薮から棒にタロットカードを出して恐縮ですが、私の頭の中にはだいぶ前からこの図案がありました。
それはきっと、休暇世界のリゼルが「愚者」のカードと重なったからです。
タロットカード大アルカナ22枚の世界には『愚者の旅』という解釈・札読みがあるそうです。
一人の若者がさまざまな経験を経て「世界」に辿り着くまでの、人生の旅路です。
我々世界の貴族も冒険者だった
中世ヨーロッパにおいて大陸を自由に往来できたのは、貨幣経済が始まった後の貿易商や巡礼者、巡礼守護の騎士団程度だったことは『結婚商売』の考察でも触れました。城塞の外に出て街道を一歩離れたら、盗賊や獣が待つ昼尚暗い漆黒の森。かつて旅とは、仕事や信仰のための命懸けの行いでした。
もう少し時代が進み、国家間の往来が容易になると、青年貴族が旅に出るようになります。大学だけでは得られぬ見聞を広げ、未来の領主として人や社会、見知らぬ土地のことを知る。もちろん宮廷出仕や出世の機会、領民の尊敬といった狙いもあったでしょう。
近世に入り、鉄道や大型旅客船が登場すると、旅は広く庶民にも広がっていきます。一方で、何かの研究や専門分野を極めるといったことに莫大な費用がかかる時代、探検や遺跡発掘といった資金力と知見を要する大事業に参画したり、発明間もない飛行機や自動車等での記録、いわば冒険に挑戦できるのは、貴族やブルジョワジーの子弟が主でした。
リゼルも休暇世界で旅をしていますが、どちらかといえば異世界での暮らしそのものを「まだまだ知らないこと、体験していないことがたくさんある」と謳歌していますよね。
実際、リゼルに〝一人前になるための旅〟は必要ありません。
未来の公爵として幼少期から厳しく教育され、元の世界のあらゆる本を読んで、見識と教養はお化けレベル。変な親族が複数いて、人間にはいろんなタイプがいることは骨身に沁みている。おかげでペルソナの読み解きやプロファイルに長け、貴族間の駆け引きや国家間の交渉も手慣れたもの。そのうえ、陛下の転移魔法に付き従って国のあちこちに出向いて、街や平民の様子も把握している。
あの家老みたいな爺様と比べて「自分はまだまだ」と自認しながらも、貴族・政治家・領主として申し分ない優秀すぎる青年です。
もしリゼルに旅が必要だったとしたら、それは傭兵〝死神〟が言うところの「あの仕方なさそうな笑みを浮かべなくても良いような、そんな相手」を見つけること。そして、そんな相手と共に過ごすことでしか得られないものを知ること。
何者でもない、ただのリゼルとしての旅です。
ジルとの出会いが連れてきた「心の旅」
リゼルが旅に出るきっかけを得たのは、もちろんジルとの出会いです。またオフィシャルガイドブックのQ&Aで、リゼルは冒険者への転身を「声をかけてくれたジルが冒険者だったことが大きい」という主旨の説明をしています。
(尤も、ジル以外の誰かと先に知り合ったとて同じ職業を選ぶかは、リゼルに限ってはわからないなぁと思いますが…)
そのジル視点になりますが、物語序盤の彼の台詞で特に強烈なのが「俺が、俺の都合で、俺が望んだことに、お前が口を出すな」ではないでしょうか?
リゼルの「予約。(中略)また何かあったら手を貸してくれますか」に対して、ジルは内心で「心にもないことを言っている」と断じます。ジルは、自分たちはリゼルが帰還するまで共にいると感覚的に予見していたからです。
ジルは激昂したものの、リゼルは従う方法と従える方法しか知らない。だからジルに決断のボールを投げた。それに気づいたジルは「趣味悪ィな」と毒づきながらも、リゼルの意思を確認します。
そう、リゼルは期待していました。「聡いジルならばこちらの思いを読み解いて、否やがなければ傍に居てくれる」と。
リゼルの読みは見事にあたったわけですが、手首が死ぬというオマケもついてきました^^;
そしてこの日以降、後にイレヴン曰くの「ニィサンに対してだけ試すっつーか…」が始まります。
リゼルは己を形成する要素 ー貴族であり政治家であり領主であり、そして陛下の従者であるという何重もの鎧ー を全て取り払った時、ジルのことがわかりません。いや、きっとわかっているはずなのに試してしまう。ノベル4巻57話でやらかしたことだったり、7巻91話の喧嘩だったりが象徴的です。それはまるで、ジルを試すことで互いのまっさらな心の動きを学びとるような姿を見せます。
そう、相方として選び合ったジルとのコミュニケーションだけがリゼルには未知の領域でした。そして、そんな相手と共にいる自分の気持ちもまた、未知のものだったはずです。
旅が何かを知ることだというのなら、リゼルは謂わば<心を知る旅>を休暇世界でしているように思うのです。
努力家の大秀才が見つめる二人の大天才
さて筆者は前稿を、「ジルがリゼルに向ける眼差しがリゼルにはないのは、〝唯一無二〟と〝特別〟の違いからではないか?」という疑問で締めました。
この点は、リゼルが絶対の敬愛を向ける母国の陛下も交えて考える必要があるように思います。
似て非なるジルと陛下
大アルカナの図案において、「運命の輪」と「世界」は似ています。完全なるものを表す円形に、四大元素を象徴する守護像も同じ。
ただし、ジル=「運命の輪」に人は描かれず、陛下=「世界」の中心には偶像が存在する。
両者ともリゼルが「隣に立ちたい」と望む相手で、他を圧倒する天賦に溢れるのは同じながら、決定的な違いを持つ二人の特徴を連想させます。
陛下は無二の天才であり、絶対王者の風格も備えます。属性としてはジルに近いように見えますが、陛下はあくまでも人の上に立ち、人の世界におわす存在です。嫡男ではない陛下が国王となったのも天命でしょう。
陛下は「リゼルがそうあれと言うから」国王をやっているような発言をしておられますし、「リゼルのいない国など意味がない」とさえ仰せになりますが、万一リゼルが先立つことがあったとしても、後続に託せる状態になるまでは国務を全うなさるような気がします(ずっとやるとは言わん)。なかなかどうして「俺の国、俺の民」の意識を強くお持ちですので。
対してジルは、リゼルが「否定も拒絶もしない一匹狼」と表するように、常に人生の分岐点を自己都合と自由意志で選ぶ男です。ただしそれは、楽な方に身を任せるわけではなく、心が希求するもののために他を切り捨てられる強さがあるだけのこと。そこまでの自己愛と強欲を持つゆえに、他者(リゼル)に見返りを求めず偏に大切にできるという側面もあります。
私は過去稿でジルとリゼルの関係を「竜と領分は寄り添っている。付くも、出るも、守るも竜の意思ひとつ」と表現しましたが、ジルはあくまでも自分本位です。
背中合わせに寄り添うジルとリゼル
では、リゼルはジルの本質と自分との関係をどう捉えているでしょうか?
この部分は過去稿<その瞳は竜の如く煌めき>の再整理になります。
(あの原稿を書いていた当時は、ここまでキャラの心理面を深く考えてはいませんでしたが、己の解釈はブレないなあと改めて驚きます)
リゼルが「自分とジルは似た本質を持つ者同士」と認識していることは王城でのオルドルとの対峙で示されています。ジルは「自分とリゼルが似ている」とは思っていないでしょうが、リゼルは聡明さと経験ゆえに、自分たちが背中合わせのように近しいことに気づいていたのです。
リゼルがジルの性質を確信したのは大侵攻の際のジルの怒りではないでしょうか。「サルスのテイマー」の手中にリゼルがわざと落ちてから『読書禁止令』解除までの一連、何よりジルの「その感覚、忘れんじゃねぇぞ」の一言は、かつてよかれと思って魔銃を改造した陛下を激しく嘆いた自分に重なったはずです。
けれどリゼルはジルを〝唯一無二〟には置きません。ジルはこの旅で出会う〝特別〟なステージ、人生の転換点となる「運命の輪」です。最終地点である「世界」はあくまで陛下。
目の高さは同じでも、見ているものは違います。
イデアと定めてくれた相手が望むままに
このようにリゼルは、ジルが自分を〝唯一無二〟そしてイデアとして扱ってくれていることに気づいています。
リゼルが「ジルには甘えても許される。見返りは求められていない。ならば自分は、ジルを相応しいところへ送り届けよう。そして、彼の望むとおりの在り方でいよう」と思えるのは、自分と陛下がそうしてきたから。人が〝唯一無二〟に向ける眼差しの内側を知っているからでもあるでしょう。
リゼルの内面がわかりやすく露出したのはノベル5巻63話、リゼルが酒を飲んだ時の言動ではないでしょうか。
貴方に世話を焼かれたくない → 世話をかけっぱなしだという自覚がある
貴方は私に甘えていればいい → 甘えている自覚がある
望みは全て叶えるから。国だって家だって滅ぼしてあげるから。貴方はなにもせず私のそばにいてください。そして、願うなら膝を――。 → 自由でいてほしい、対等な盟友でいてほしい
最後のリゼルは衝撃的でした。「何もしなくていい」、「願うなら膝をついてほしい」など、リゼルがジルに最も望んでいない姿でしょう。これをジルは「身の破滅を招く傾城の誘惑」と察し、奥の手でリゼルを止めてみせました。
一部始終を見ていたイレヴンが、ジルの理性と意思の強さに舌を巻いたエピソードですが、リゼルが「ジルに甘えっぱなしだけれど、せめてジルが自由なままいられるように、ジルがあるべき道に自ら進んでいけるように」と心から思っているのが伝わる逆説的なお話です。
リゼルとジルが、互いに対して同じ思いを抱くことはありません。
けれどそれは寂しいことではありません。
ジルが抱く気持ちの重みをリゼルが自分のことのようにわかるからこそ、リゼルはより深くジルに感謝し、〝特別〟だと思える。
けれどリゼルはジルではないから。むしろ、ジルのような特別な相手と対等になったことがないから。
ジルの盟友でいるために、ジルの思いを汲むために。
リゼルの休暇が「まったり、のんびり」だけではなく、時として鮮烈に見えるのは、そんな彼の心の旅を我々が覗ける面白さからではないでしょうか。
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