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実家のおやつが食べたくて

「青りんごのフルーツゼリー」がとてもおいしそうだったので、わたしはバナナケーキを焼こうと思った。

その日、職場で盛り上がっていたのは「実家でのおやつ」のこと。話していたのは、わたしと同世代の主婦たち3人だから、その母親世代となるといまよりずっと専業主婦が多かっただろう。3人とも母親が専業主婦だったというのは珍しくはないとはいえ、共通の話題ができたのはうれしい。

よく家に、手作りおやつがあった。これが話していたメンバーの共通項だった。そのエピソードのなかで、というかみんなの母ちゃんが作っていたおやつリストのなかで、わたしのテンションをぶち上げたのは「青りんごのフルーツゼリー」だ。なにそれノスタルジー!!!聞いてみると、ベースは青りんごのゼリーで、そこに缶詰のフルーツがごろごろ入っていたという。

この日が6月らしいジメジメした蒸し暑い日で、しかもちょうどおなかが空く頃合いで、即座に大きなスプーンでスルンとかっ込みたくなった。

そもそも、青りんごゼリーとやらはどうやって作るのだ?かき氷のシロップみたいな、青りんご味を形成するアイテムがあったのだろうか。見たことなくない?3人で首をひねるが、エピソードの当の本人も「あれなんだったんだろうねー!」とレシピを知らない。これも実家らしくて、いい。

うちの母は、よく焼き菓子を作ってくれていた。いま思えばすごくマメに作ってくれていたなぁと、しみじみする。当時はそのお菓子をそれほどよろこびもせず(ひどいガキだぜ!)、スナック菓子やチョコレートが好きの上位だったような。

それでも、母の焼くバナナケーキは絶品で、わたしのなかの実家ノスタルジーのひとつは、バナナケーキかもしれない。ということで、久しく更新していないレシピノートをごそごそと見返し、母のバナナケーキを焼いてみることにした。青りんごゼリーからの、バナナケーキ。「おやつポジショニングマップ」があるとすれば、対極にありそうだけど、いいよね。

表紙の写真が、実物のレシピノートの走り書きである。ひとり暮らしをはじめてしばらくした頃、母にヒアリングして材料と分量をゲットしたもの。バナナケーキを焼く意味としては、「バナナの救済」というのも大いにあるものだ。バター以下の材料を、順に混ぜ合わせるだけという非常にざっくりしたものだけれど、思い立ったらできる手軽さがいい。

このレシピを軸に、わたしはいろんなプチアレンジをかましてきた。例えば小麦粉を米粉にしてみたり、バターをココナッツオイルで代用してみたり、メイプルシロップを加えてみたり。でもけっきょく、こじゃれたプチアレンジでは、自分のレシピにはならなかった。今回は、徹底して母のレシピ通りに作ろう。実家ノスタルジーの王道が食べたいんじゃ!と、鼻息荒く計量を進めた。

お菓子作りは、たのしい。わたしはレシピを読みながら作業をするのが苦手なので、計量さえしてしまえば混ぜるだけ!どうぞ!という、バナナケーキ作りがとても好ましい。バターとさとうが混ざり合ったジョリジョリした生地にも、なつかしさを感じてしまう。母が毎回ちびっと味見させてくれたっけ。食感の変化もほしくなって、仕上げにレーズンとミックスナッツを混ぜ込み、オーブンが温まるのを待つ。

この時期のお菓子作りは、もはやスポーツである。かなり暑い。しかもオーブンという熱源も稼働させてしまって、わたしはゼリーの涼やかさをちらりと想う。

そんな邪なこころも、焼き上がったバナナケーキを見れば吹き飛ぶものだ。焼ける数分前には鍋つかみを握りしめ、オーブンの電子音と同時に型を両手で抱き上げる。ここに歓喜の絶頂がある……のだが、どこかようすがおかしい。

バナナを入れ忘れている。そんなことある。

残された黒い斑点バナナと目が合ったわたしは、ひれ伏し、そしてバターを買いに走った。涼やかなおやつは、王道バナナケーキを焼き上げるまでおあずけだ。

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