文学があったから
今のお家に引っ越したその日の夜、近くのバーに行った。これからお世話になるであろうことを容易に予想できたため、勝手ながらご挨拶に行く気持ちだった。
蒸留酒を多く取りそろえたそのバーの上品なマスターは、私を年上の女性と引き合わせてくれた。ハイライトを何本も吸って、ラムをロックで飲み、「男が私の手の平で踊っていないと満足できない」と言っていた。映画女優のように格好いい女性。
端から見るとまるで対照的な二人だっただろうが、私たちは谷崎や三島の話をし、江國香織さんや桐野夏生さんの話をした。
彼女は最近、女性が意図せず暴力的な小説を好きなのだと言い、私は共感した。この人もそうなりうるのだろうか、などと考えながら。
そして、「江國香織が好きなら」と言ってフランソワーズ・サガンの小説をすすめてくれた。
文学があってよかった、と思うことは多々ある。本があれば美しい言葉に出会えるし、多くの人生を知って見識が広がり、思慮深く生きられる。
でも、誰かとの出会いに際してそう思うのは初めてだった。
文学がなければ今の私は形成されず、彼女に「だから私たちは雰囲気が似てるんだね」と言われて楽しくお話しできる友人になることもなかったと思うと、怖いくらいだ。
次にいつ会えるかはわからないけれど、きっと私は彼女にいつ呼び出されても飛んで行ってしまう。それまでにサガンの作品を、その作品数がどれだけ多くても、すべて読みたいと思っている。
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