社会の歪み
川上未映子『三月の毛糸』
東日本大震災後の、日本列島をおそう漠然とした不安がテーマになっている。妊娠しお腹が大きい妻と暮らす主人公は、妻が妊娠したくらいの頃から、途端にわけのわからない眠気に襲われ始める。
東日本大震災後あたりに訪れた、緩やかで長期的な不景気が個人にもたらす
不安感が、非常に巧みに、感覚的に描かれている。
赤ちゃんを包む女性の大きなお腹は、これまでは希望の象徴として描かれる
ことが多かった。しかしこの作品で主人公は、中にあるのは赤ちゃんではな
くただの空洞ではないかという感覚に襲われる。
少子化に対してなかなか政府が動かず、子育てへの負担が大きいという現実
も反映されているように思う。社会全体で子供を育てる余裕がないこの世界
に、私たちの子供を産み落としても良いのだろうか。そう感じるいまの世代
の親は多いのではないだろうか。主人公の妻がベッドの中で泣きじゃくる理
由だと考える。
また、妻がみたという血塗れのおじいさんだが、妻曰く、そのおじいさんは
殴られても反抗できないほど弱い存在であり、そういう人を襲う人を作るよ
うな今の社会の歪みなのだという。
高度経済成長期では、この血塗れのおじいさんの役割を女性たちが担ってい
たのだと思う。しかし女性も社会に参加するようになるにつれて、男性の中
でしか起こっていなかった競争に女性たちも参加するようになり、より貧富
の差が生まれ、歪みが一部に集中するようになってしまった。こういったい
まの社会を表現しているのが、この作品に出てくる血塗れのおじいさんなの
だと思う
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