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思っているよりあなたは「できない」よ? 自分の能力を過信するな、常にアップデートせよと未来の私に忠告する。

「思うようにいかないことばかりで、疲れるようになっちゃった」と妹から電話があった。

「なんだか最近、小さなことにイライラしてしまう。例えば、着ようと思っていた服が乾いていなかったとか。カフェでゆっくり過ごそうと思っていたのに、上の子がぐずって登園遅れて下の子の昼寝がずれて、やっとカフェに入ったら数分でギャン泣きして台無しになったとか。こうやって話すと、そんなの気にしなければいいって思うんだけど、その瞬間は毎回落ち込んで、ああもう今日はどこにも行かなくていいやって思っちゃう。前はもっと、出かけるのも新しいことを始めるのも、すべて楽しいことばかりだったのに」

それ、経験が増えたからじゃない?
とわたしは返した。

大人になるにつれてできることが増えるぶん、できないことが目につくようになるんだと思う。

何かを始めるときに、完成図が想像できるし、そこに至るまでの成功ルートも自分のなかに蓄積されてる(経験したことがある)。だからこそ、想定どおりにならないとイライラしてしまうんじゃないかな。

――と、妹の電話に対しては冷静にわたしも返答できるけれど、余裕のないときはわたしだってイライラする。「あーあ、今日もうまくいかなかった」ってしょっちゅう思う。
この気持ちはもしかして年齢を重ねるにつれて増えていっちゃうのでは?と怖くなって、ちゃんとnoteに残しておこうと久しぶりにひらいたわけです。もう、思いついたことどんどん書いてこう。そうしよう!

成功体験にひっぱられるのは、誰でもそうだと思う。年を重ねれば重ねるほど、コスト対効果がいちばん高い道を選ぶ。
だから、大人は「頭がかたい」し、「固定観念がある」し、「捨てられない」、「新しいことを始められない」。失敗するのがめんどくさくて、それなら今のままでいいやって思ってしまうのだと思う。

わたしが「成功体験に乗っかろう精神」にひっぱられないようになったのは、子どもが生まれたからだと思う。
子どもは、経験が少ないから(っていうかなんでも初めてだから)、たいてい失敗する。親の思う通りになんていかないのがデフォルト。しょっちゅう邪魔が入って、時間がかかる。中断で済めばいいほうで、何をしようとしてたかを忘れて別のことをやり始めるもんだから、成功確率は極数パーセント。同じことばかりしていると飽きるからすぐ別の方法を試す。

・失敗しても「あはは、またやろうっか」(ドンマイ☆)
・「あれ?まずいね!」(麦茶に煮物入れたらそりゃあね~)
・いつもと違う道を歩いてみる(早く家に帰るコツ)
・雨の日は無理せずおうちで静かに過ごす(みんな眠いし機嫌がわるい)
・擬音語とともに動く(「ぽーいぽいぽい!」ほら片付けも一瞬♪)

書いててものすごく大事なことに気づいた。
子育てマインドは、老化防止に効果的なのかもしれない!!

子育てしていると、子どもがつまずく場面で口出ししそうになる。
「あっ! そんなにたくさんおもちゃ持っていると転ぶよ? 家の外で救急車の音が確かに聞こえるけど、ちゃんと前見て!」
「そんな小さなコップに、その高さから牛乳ついだら溢れちゃうよ!」
と言いたくなる。

でもそこで、ぐっとこらえる。
むしろ「ふふふ、まあやってみるがよい。ほらほら、まだ君はまだ近道を見つけていないのだな? ん? 教えてほしい? 教えてあげようか? こうするのだよ……ほーらうまくいった!(どやぁ)」というほうが心がラクなのです。

子どもから見るわたしは、「いつも正解を知っているなんでもできちゃう母」ではなくて、「何か新しくておもしろいことにわくわくしている人」でありたい。

今挑戦しているいろんなことも、数回やればできるようになって「わたしは〇〇をやったことがあります」「この仕事をしています、知識豊富です」とか言いそうになるんだろうけど、そんなのやめようね、未来の私。

人によってやり方は違うし、そんな古い情報誰もいらない(聞かれたら答えるスタンスにしようね)。過去の成功体験はどんどん色褪せていくもの。能力を過信せず、常にアップデートしている私でありたい。子ども(や自分よりも若い世代の人)と一緒になって何かを始めて、わいわいきゃっきゃしていたい。

「あら~!最近は、こんなことをやってみているの。意外といいのよ、うふふ」って趣味を増やしているおばあちゃんになるぞ。


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