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「不法滞在者」「アムネスティ」という言葉の持つ力、そして在外日本人として:入管法改正案をめぐり考えたこと

在日外国人や、入管問題に関する議論でよく使われる言葉、その言葉について改めて考えてみませんか。「不法滞在者」や「アムネスティ」という言葉を私はなぜ使わないのか、そして海外で暮らす日本人として入管法をめぐる議論や在日外国人の人権問題にどのように向き合ってゆくのか、想い考えたことを書き留めたいと思います。

先月の5月18日、日本政府与党は入管法改正政府案の取り下げ、廃案を決定しました。日本で暮らす移住者や難民、外国にルーツのある若者や子供たち当事者の方々、長年寄り添ってこられた支援者や弁護士、ジャーナリスト、そして法『改正』によって外国人に対する人権侵害が悪化するという問題意識を共有した市民一人ひとりの声やアクションが積み重なり、廃案に至ったのだと思います。

この入管法改正案が衆議院で審議入りした4月中旬から、私も様々なプラットフォームで今回の法案の問題点について学び、署名運動の情報拡散など、塵も積もれば…の「塵」になればと思い、遠くからでも可能な方法で政府案への反対をしてきました。その過程で、時々考えたことをTwitterに書き留めていたところ、思ったより多くの反応をいただく事があったので、150字以上書けるnoteにも記しておくことにしました。取り下げとなった法案、経緯、そして現行法の問題点については、日本国内の第一線で活動されている多くの専門家、団体、メディアが解説していますので、是非それらを参考にしていただきたいと思います。

「不法滞在者」と聞いてどんな人を思い浮かべますか

今回の入管法改正法案のきっかけとも言われているのが、2016年4月の入国管理局(現・出入国在留管理庁)局長名で出された内部通達です。ここには、「東京五輪・パラリンピックの年までに、安全安心な社会の実現のため、不法滞在者ら社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することは、喫緊の課題」と書かれていました。

治安対策の一環として、「不法滞在者ら社会に不安を与える外国人」を排除するというものです。有効な在留資格を持たない外国籍の人に対して、法務省やその外局である出入国在留管理庁(入管庁)は「不法滞在者」という言葉をよく使います。メディアなどでもこの言葉を目や耳にすることがよくあり、「法律違反だから当然だ」と、あまり違和感なく思う人もいるかもしれません。

私は、「不法滞在者」という言葉は、原則いかなる場面においても使わないようにしています。代わりに、「非正規滞在者」や「在留資格を持たない人」と言います。なぜなら、その一人ひとりが有効な在留資格を持っていない理由、もしくは資格を失った背景を理解せずに「不法」という言葉を使うことはあまりに危険で、無責任だと思うからです。

外国籍の人が、日本にある一定期間以上滞在したり、留学、就労する場合にはビザ(在留資格)が必要ですが、これらのビザはちょっとした事がきっかけで失効することがあります。期限付きのビザは、ほとんどの場合、仕事(職種や雇用主)や、学校、婚姻など人の生活のある一面だけに紐づいて与えられていて、そのビザに関連している物事の状況が変わると在留資格を失う可能性が出てきます。具体的には、就労ビザを持つ人は「仕事を失った」、留学ビザの場合は「学校に通えなくなった」(もしくは雇用主や学校がビザ延長の手続き支援を行わなかったということもあります)、配偶者ビザの場合は「離婚やDVなどでパートナーと暮らすことを続けられなくなった」、などです。誰にでも起きうる生活状況の変化や、制度や受け入れ側の問題が原因であっても、法務省や入管庁が言うところの「不法滞在者」になり得るのです。

他にも、母国での迫害や戦争を逃れ難民申請したものの認められなかった人や、人身取引や搾取の被害に遭ったけれど証拠が足りずに適切な保護や支援を受けられなかった人などが、結果的に非正規滞在となる場合も多くあります。制度や受け入れる側の問題に目を背け、在留資格を失ってしまった人を「不法」として扱うことで、その一個人にすべての責任を押し付けている状況が生まれているのです。このような状況に置かれた人々に対して手を差し伸べる代わりに「不法滞在者」という言葉を使うことで、本来そのような管理をされるべきでない人々までもを、治安維持ための取り締まりの対象としています。そして、今回の入管法改正をめぐる議論でも様々な問題が指摘された入管施設での長期収容や強制送還が正当化されてきました。

英語圏では「不法移民・不法滞在者・不法在留者」にあたる「illegal (im)migrants」という言葉が公の場やメディアで使用されることは稀になりました。先日、米国ではトランプ前政権が多用していたこの「不法移民」にあたる言葉について、バイデン政権が「書類のない(undocumented)移民」という呼称を使うようにと関係機関に命じたとの報道もありました。

「不法滞在者」という言葉を聞いたとき、こう呼ばれる人々の中にはどんな人がいるのか立ち止まって考えてみてほしいと思います。本来は働くため、勉強するため、家族と暮らすため、そして安全を求めて日本に来た人たちが、在留資格を失ったことだけを理由に、管理対象とすべき「悪い外国人」として扱われることに対して、疑問に思うことはないでしょうか。

恩赦を意味する「アムネスティ」

もうひとつ、この問題に関心を持っている方々の中には、非正規滞在者に在留資格を与えることを指して使われる「アムネスティ」という言葉をご存知の方も多いかと思います。私は、本人に非がなく、やむを得ない事情や経緯で非正規滞在となった人々に対してこの言葉を使うことに疑問を感じています。なぜら「アムネスティ」という言葉には「恩赦」、つまり罪を犯した人に対して、その刑を軽くしたり消滅させるという意味が含まれているからです。「アムネスティ」という言葉を使うことで、間接的に非正規滞在を「犯罪化」し、恩赦を与える側に大きな権力を持たせてしまうのではと感じるからです。

私は、この場合は「アムネスティ」ではなく、シンプルに日本語で「正規化」と言えばいいのではと思っています。「非正規滞在者の正規化」の方が日本語としてもしっくりする気がしています。英語でも「amnesty」ではなく正規化にあたる「regularisation」 という言葉を使うことの方が一般的になってきたように感じています。

コロナ禍では、感染拡大防止策として検査や治療を行き届かせるため等の理由でこの非正規滞在者の正規化措置を取った国も多くあります。

アジアでは、タイがこの代表で、非正規滞在者の間でのクラスター発生とそこからの感染拡大に対応するため、昨年末、非正規滞在者に2年間労働可能な滞在許可を与える正規化プログラムが導入されました。対象者は60〜80万人(NHKの日本語記事によれば最大100万人)にのぼるそうで、日本では約8万人程度と言わる非正規滞在者の数と比べるととても多いことが分かります。

おわりに:言葉の影響力、在外日本人として思うこと

入管問題に関連する言葉とその力について触れてみましたが、使う言葉を変えることは誰にでも出来る一方、大きな影響をもたらすことができると思います。もし、これまで「不法滞在者」や「アムネスティ」という言葉を使っていたなら、これを「非正規滞在者」や「正規化」と言い換えることを考えてみてください。

また、現在の私と同じように海外で移住者として暮らした経験のある日本人の方々にとっては、在留資格の更新や変更の難しさなど共感される部分も多くあるのではないでしょうか。まさに私も、明日は我が身です。特に欧米・白人社会で暮らす場合は移民政策の対象であること以外にも、人種的マイノリティや移民に対する構造的な差別を実際に経験することもあるかもしれません。このような当事者経験のある多くの日本人が、いま日本で暮らす移民や難民の方々に想いを馳せ、連帯を示すことに大きな意義があると思うのです。

今回の改正法案は廃案となったものの、これがゴールではなく、現時点で山積している問題を解決していく必要があります。国籍や在留資格に関わらず全ての人の人権が守られる、本当の意味での「改正」に向けて、日本で暮らす当事者や最前線で問題解決に取り組まれている方々から引き続き学び、考え、私の視点から見えるものを伝えていきたいと思います。

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