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【ショートストーリー】Vol.3 タコワサ彼女

「私、世界一のタコワサを作るわ」
ぼくはなんて声を掛けたらいいのかわからなかった。もう、2年近く付き合っているのに、彼女のことがいまだつかめない。情けない。彼女に押される形で付き合い始め、気がついたらぼくの部屋に彼女が住んでいて、気がついたら犬が二匹も。フラワーアレンジメントにはまったときには、地方までいっしょに花を買いに行かされた。籠編みにはまったときは、籠編み教室にいっしょ通わされた。男?ぼくひとり。このほかにも、彼女に付き合わされた趣味と言うのか、それは数知れない。ぼくはなんとなくその流れに乗ってきた。特に違和感はなかったが、さすがに、“タコワサ”作りに意気込む彼女を見て不安を覚えた。ぼくらは、常にいっしょにチャレンジしてきたから。ところが、今回の彼女が目指すところは“世界一”なのだ。今までとは、何かが違う。何かが… そ、それに。何をもって“世界一”とするんだ?タコワサの中のタコワサ?トップ・オブ・タコワサ?タコワサ選手権?そもそも、世界大会はあるのか…!?
彼女は南の部屋を占領しはじめた。中でなにやらブツブツと構想を練っている(?)

ショッキングなことに、ぼくはその部屋に入れてもらえなかった。

ついさっきまで、彼女といっしょにタコワサ作りにいそしむ自分を想像しては、「いやだなぁ」「どうしよう」なんて思っていたのに、いざ、彼女から拒絶されると、想像以上にうろたえた。僕の頭の中に「何故」の文字がこだまする。ぼくは、嫌われたのか。実は彼女に透視能力があって、ぼくのこころの声が思いっきり漏れていたのか。ぐるぐると回る洗濯機のように、ぼくのあたまは彼女とタコワサのことでいっぱいになった。

ときおり聞こえる唸り声。ときおり聞こえる感嘆。
南の部屋の中でいったい何が行われているのか。無性な嫉妬がぼくを強行突破へと駆り立てる。やりきれない一週間が過ぎ、もうだめだ。ぼくは、ついに部屋を開ける。
穏やかな日曜日の朝。心地よい風がカーテンを揺らす。散らかった作業台。生臭さ。
タコと彼女が。タコと彼女が。タコと彼女が、彼女がタコと。
一緒に寝ていた。

彼女は世界一のタコワサを作れる、そんな気がした。
そんな気がしたぼくは、ひとまず帽子をかぶって外へ出る。 公園まで歩く途中で、いいようのない虚しさがこみあげ、不覚にも泣いた。泣きながら、公園まで歩く途中、タコヤキを買う。ぶつ切りにされた大きなタコが入っていた。
うまい。うまいぞ、涙というスパイスが、タコヤキをいっそううまく感じさせた。
そこの角をまがると酒屋がある。そこで彼女の大好きなキリンビールを買って帰ろう。

<終わり> 1086文字

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