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【ショートストーリー】Vol.4 ひと口で二度むせる女

彼女はひと口で二度むせる女だ。
僕は、そのことを最初から知っていたのに誘ってしまった。彼女をむせさせたい衝動と、坦々麺でむせたらどうなるのか知りたい、という好奇心に負けてしまった。自分で自分が卑怯なやつだと思ったが、しょうがない。この気持ちは止められないのだから。
「今度、僕と坦々麺を食べに行かない?」という誘いに、彼女は一瞬動揺したかのように見えたが、きゅっと笑顔を見せ、すました顔で「ええ、いいわ」とOKした。
天にものぼる思いで、僕は心の中で大きなガッツポーズを決めた。

いよいよ、坦々麺を食べる日が来た。彼女は、お気に入りの白いブラウスを着て現れた。彼女も、覚悟を決めてきたようだ。僕は、高ぶる気持ちを抑えきれずに、あの辛さを想像しては口の中に唾液が広がるのを感じた。

食べるものは決まっていたが、なんとなくメニューを開いた。彼女の様子をちらっと盗み見ると、そわそわと落ち着かない様子。今なら、まだチャーハンにだって変えられるぞ、と思ったが店員が来たので
「坦々麺、2つお願いします」
と頼んでしまった。
彼女は、少しうつむき加減で何度もつばを飲み、何か、手順のようなものを確認しているように見えた。僕はそ知らぬ顔で、「ここの坦々麺は絶品だから」といじわるく言ったのだった。彼女は、「そう」とだけ言って、ややぎこちない顔で笑って見せた。

ほどなくして、坦々麺が僕たちの前に突き出された。彼女は、割り箸を勢いよく割ると小さな声で「いただきます」と言った。その言い方が、妙にかわいくて一気にいとおしさがこみ上げてきた。僕がじっと見ていると、恥ずかしそうに「食べないの?」と僕の坦々麺を指差した。
「あ、ああ」
僕が食べなければ、彼女も食べにくいだろう。ガッツリ麺をつかむと口へ運び思い切りすすってみせた。彼女も麺をつかみ、意を決したかのようにすすった。そのときだった。

「ゴホッ、ゴホッ」

来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

苦しそうに二度むせる姿に、僕の中で何かがはじけた。
彼女の真っ白いブラウスは、ここかしこに赤い点々が咲き乱れていた。

<終わり> 961文字

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