生い立ち③

「子供たちの歯を磨いたことなんて一回もなかったわ」年老いた母が発したその言葉に、わたしは全く耳を疑わない。
”だろうね” そんな気持ち。
思い起こせば、朝起きて口の中に飴が入ったままのことも茶飯事だった。
昔の写真を見ると、私と上の弟の笑顔の口元は味噌っ歯(今や死語?)だ。

そんな味噌っ歯だったわたしは、痛みの限界になると四ツ谷駅の小児専門の高級そうな歯科医院に連れていかれる。
身体を押さえつけられて治療をされる。
歯磨きの習慣を自分で会得できる前にわたしの歯はすでにひどい状態だった。
痛い治療を終えると、なぜかそのあと高級スーパーに連れて行かれる。治療の痛みに耐えたわたしへのご褒美のように買い物をする。

そんな規範の全くない暮らしの中では、自分でルールを作るしかなかった。
でも母のことは大好きだった。いつも朗らかで優しいお母さん。

今わたしが娘二人を育てる中で、母がどれだけ役割不足だったのかやっと判断ができるようになったけれど、当時のわたしには唯一無二の存在だったから、優しいお母さん以外なにものでも無かった。



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