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友よ、私と出会ってくれてありがとう

初めて友を送った。7月に連絡した時からその喪失感は始まっていた。

6月の検診で異常が見つかり、今月いっぱいで退職するというメッセージが返ってきてただならぬものを感じてこの日を覚悟していた。今は体の一部がもがれたような気がする。

小学校5年生の夏休みに塾で出会って同じ学校を目指し、彼女はすんなり合格、私は第二志望の学校に進んだ。そこで道が分かれてそれっきりになってもおかしくなかったのに縁があったのだろう、大学時代を経て社会人となり同じころに結婚して、なんと子ども三人が同じ年に生まれた。

年がら年中会ったりしゃべったり連絡を取り合ったわけではないのに要所要所に彼女はいた。アメリカにも遊びに来てくれた。色々教えてくれた。そしてまた教えてくれてお別れだ。

56年の人生は短すぎるけれども彼女は生き切った。屋久島の写真、インドの写真、沖縄の写真、そのどれもが輝いていた。誰がもう何の思い残すこともないと去ることができるのか。こんな人生になるとは思っていなかったけれど、病気になってわかったことがたくさんあってよかったと思っていると書かれていた。それは半分本当で半分強がりかもしれない。

ずっと仲たがいしていたご主人ともここ数年はすっかり理解し合い支え合える夫婦となり私にお手本を見せてくれた。五人勢ぞろいの年賀状が今年の年初にも届いて、皆の多幸を願っていたのに信じれられない。

この数か月はご主人がすべて彼女の世話をしたという。お子さん三人も立派に育った。結婚する姿も孫も見ることなく逝ったけれど空から見守っている。

ろうそくの火がふっと消えるように彼女は消えてしまったけれども数々の思い出は私の中で生き続けている。45年の間、私の友でいてくれたことへの感謝で今は胸がいっぱい。私はこれからも精一杯ただ生きていこうと思う。ありがとうございました。


今は見送るのも家族葬が主流で私の思いをご家族に十分に伝えることはできないし彼女に直接お別れを言うこともできないけれど、こうしてここに書き留めることで気持ちが落ち着いて整理されました。読んでくださったことに感謝します。

皆様どうぞよい午後をお過ごしください。



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