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JAPAN⇄CANADA 3-8

6月末、学校も期末期間に入り、マーチングもいよいよ毎週末練習や本番があるサマーシーズンに差し掛かったある日、カルガリー市に思いもよらない災害が起こったのです。



その日はえらく酷い雨の降る日でした。5月末から7月頭あたりまで、日本までとは言いませんが、カルガリーも天気が崩れシャワーのような雨や雹なんかが降ったりする季節がやってきます。今回もそんな感じなのかなと思いながら、私は迫っていた社会の試験に備え復習をしていました。雨はやむことを知らず、みるみるうち雨量も上昇し市内の中でも標高の低い所に位置するダウンタウン一帯が洪水にあってしまったのです。ダウンタウンといえば、ビジネスの中心地でありさらには7月に毎年行われる祭典、カルガリースタンピード(以下スタンピード)の本拠地、スタンピードパーク(以下パーク)のある所です。



被害は甚大で、電気も供給出来なくなりオフィスは3日ほど機能できずにビジネスも滞ってしまいました。幸い私たち家族の家は市内の北側にあり標高も周りと比べて高いので大雨だけで済んだのですが、マーチングで一緒に活動しているメンバーの中には洪水地域に家があり被害にあった人も何人かいました。ニュースはもっぱら洪水の最新情報と、果たして2週間先に迫っていたスタンピードが開催できるのかという話題でもちきりでした。



家に被害がなかったとはいえ影響は私にもありました。マーチングの練習はこの時期本拠地であるスタンピードパークそばの建物やフィールドを使用していて、さらにその祭典に向けてパーク内でのリハーサルも予定されていました。もちろんパークは被害にあって使いものにならない状態だったので練習ができず、急遽被害のあってないレンタルできる十分な広さのあるホールや学校のフィールドを使用するように変更になりました。さらにこの時は、まみーは日本の祖父の容態が悪くお見舞いで日本に妹と帰国しており、だでぃーはお仕事で出張で出ていたので、家にいたのは弟と私だけでした。いつもならマーチングの練習場まで送ってくれていたのですが送ってもらえる人がおらず自分でバスを継いで行かなくてはいけませんでした。車だと20分の道もバスだと40分くらいかかったのでいつも以上に早く家を出ないといけず、めちゃくちゃ大変でした。



1週間ほど経ってから、ようやくパーク内での練習が再開できるようになりました。文字通り三日三晩撤去や組み立て作業が行われていたようで、パーク内は洪水の足跡が少しあっただけでほぼ元どおり、というよりスタンピードの準備がどんどんと進んでいました。スタンピードが開催されなかったらどうしようと不安に思っていましたが、無事に開催できるというニュースが流れると、一気にお祭りの雰囲気が人から街から感じられるようになりました。去年は観客だった私も今年はエンターテイナーの1人としてこのお祭りを迎えるのにワクワクが止まりませんでした。



学校も無事に終わり、マーチングの練習が毎日入るといよいよサマーシーズンの到来です!高まる高揚感とは反対に、ヘルウィークという9時から21時の12時間練習が毎日入り、カナダデーパレード(カナダの建国記念日7月1日はあちこちでパレードがあり、かなり盛り上がる)やスタンピードに関連あるいイベントに毎日参加し、と連日の運動で身体は少しずつ疲れていきました。そして7月4日、ついにスタンピードの前夜祭であるスニークアピークがやってきたのです。



ここからは怒涛の11日間が始まります。スタンピードで私たちカルガリースタンピードショーバンドは4つ毎日しなければならないものがありました。13時半にある私たちのパフォーマンス(45分間)。その後ロデオショーのインターミッションでの演奏。休憩を挟んだのち19時30分頃のチャックワゴンレースのオープニングセレモニーでの国歌斉唱の演奏(実は録音された音源も流れてる)。最後に20時からまた私たちバンドのパフォーマンス(もちろん45分間)。これに加え、もちろん8月に参加予定のWAMSB(世界マーチング大会)に向けて本番の合間をぬってフィールドショーの練習がありました。毎日1日の終わりにパーク内に上がる花火を見ながら通し練習を行い、家に着くのは午前1時前。たまに朝早く出張パフォーマンスが入り、5時起きの日もありました。身体に鞭をうちながら毎日過酷なスケジュールをこなしていましたが、勿論楽しみもいっぱいありました。このスタンピードの間にしか行われない特別な儀式やお祝いなどが毎日行われ、その度に喜んだり泣いたりと疲れを忘れるくらい心に満ち溢れるイベントが目白押しでした。アドレナリンが常に出てるし、観客の声援で元気がもらえて疲れも吹っ飛んでいて、やりがいがすごくありました。



1年目のメンバーはこのスタンピードを経験して晴れて正式にスタンピードショーバンドの仲間入り!と認定を受けます。スタンピード1日目は1年目の日と題し、おおいにお祝いを受けました。初日のパレード後、メンバーとスタッフが大部屋に集まり、1年目のメンバーにその年制作されたスタンピードのベルトのバックルが贈られます。この日までは、ウェスタンというカウボーイ風のユニフォームのバックルは代用品が1年目に貸し出されるのですが、1日目のこの時を境に自分のバックルを使ってパフォーマンスに参加できるのです。結構大きな出来事で、貰った1年目のメンバーは私も含めておおいに盛り上がりました。そして夕方の各セクションの音出しの時間には1年目のみんなに先輩メンバーやスタッフからメッセージと、セクションごとのテーマソングの演奏がプレゼントされました。1年間頑張ったからこそ涙なしでは語れない大事な大事な瞬間です。私たち木管メンバーはパークのすぐそばにある駐車場で音出しと、1年目の日イベントを行いました。記念に先輩が1年目の木管メンバーだけで写真を撮ってくれて、Facebookにその写真を上げてくれました。何度見返してもその時の記憶が蘇るくらい濃い思い出です。


この◯年目の日というのはどの年のメンバーも行われます。この年は7年目のメンバーもいたので7年目の日まで続きました。残り3日はというと、それぞれのセクションが別のセクションに演奏を送る日だったり、さらには引退するメンバーの日といってこの年を最後に引退するメンバーに演奏がプレゼントもされました。聴く側は勿論ですが演奏する側も涙が溢れ鼻水は垂れ、時折感極まって楽器に空気を入れられないくらいになりました。きっと側からみると不思議な光景なんだと思いますが、日本で言うと中学や高校の部活の引退試合や引退式なんかを想像してもらえるとなんとなくの雰囲気は伝わるんじゃないかなと思います。この瞬間のために必死に捧げてきた時間と思い出とを考え始めると感情の海は、そうそう止められるものではありません。


そう、ショーバンドにとってスタンピードとは今までの苦労が花開く瞬間であり、またこの快感を得るために何年も何年もメンバーとして居続けたいと思うものでもあります。こうして長いような短いような10日間は過ぎて行きました。9月に泣きながら辞めたいとさえ思ったマーチングも、この頃になるともう辞めようなんて思えない!という気持ちになっていました。8月の大会、そしてシーズンの終わりまで1ヶ月弱を切り、やる気と切なさと楽しさと、いろんな感情がめまぐるしく繰り返されるのでした。


-つづく-

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