優しくてあたたかい言葉と生きていきたい。
伝え方を誤り、歪曲されてしまったことがあった。言葉のチョイスを間違えたのだった。
選び方や前置き、どう見られるかについて配慮が足りていなかったと思う。
反省して、次はもう同じことをしないようにする。弁解したって発した言葉やとった行動は戻せないし、言い訳にしかならないから。
でもね、
なぜ行間や背景を考えることもせずに、字面だけ見て「そんなのおかしいよ」って言われないといけないのかと思う部分もある。
世知辛い世界だなあ、なんてため息をつきそうになった。
善か悪か、
正か誤か、
白か黒か、
物事をどう判断するかっていう軸は色々あるけど、どれも二者択一にして、自分の意見と違ったら批判をしてもいいというのは違うと思っている。
解釈の違い、認識の相違、受け止め方の違い、立場の違い……。きっと他にもたくさん違っていることはあって、それぞれの要素によって正しさや伝えたいことは変わってくると思っている。
それらを考慮せずに、「自分の意見こそが正しい」「よくわからない意見は叩く」となるのかが私にはわからない。
……いや、でも私も普段「何でそんな言葉使うの?言い方良くないよね?」ってよく思っている。きっとそんな事を言いたいわけじゃないのに言い回しで傷ついてるぞ…?気をつけよう……。
真意を考える、想像力を働かせる。そんな余地があるって当たり前のことを頭に置いておかなければな。
何の話から考えたのか、きっと一週間も経ったら忘れちゃうだろうけどそれでいい。それぐらい私にとってはちっぽけなことで、そんな事に時間使いたくない。もっとじんわり幸せだなって思えることに時間を使いたい。
でも、もやもやしたから言葉にしておいた。そして大事なところだけ覚えておこう。
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