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【エッセイ】父の目、母の目、ワタシの目 #虎吉の交流部屋初企画


上のアイキャッチ写真は、ワタシの父と母です。

 
 4ヵ月ぶりに帰省することにした。父95歳と母91歳の二人暮らしは、今どうなっているだろう。

 実家はT市にある。新幹線を降りてから私鉄特急に乗って60分弱。駅の改札を出ると、父の車を探した。ワタシの視力は両目ともに0.5まで下がっているので、こういうときは少し不便。リュックを下ろして眼鏡を取り出そうとしたとき、父の車が近づいてきた。

 父の第一声は、「お帰り」でも「久しぶり」でもなくて、「コンタクトしてないのか?」だった。

 ワタシは23歳で眼鏡デビューして、25歳からはコンタクトレンズを。40代後半になると、いよいよ老眼となり、遠近両用のコンタクトに変えた。しかし仕事を辞めた今、裸眼の心地良さを満喫している。

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 父は今も運転している。高齢者ドライバーによる交通事故のニュースを聞く度にドキッとするのは、残念ながら私だけのようだ。父はいつもこう言って反論する。

「この運転が心配か?」

 そう言われると、ぐうの音も出ない。今やペーパードライバーと化したワタシの運転レベルが「1」なら、父は「5」以上だ。しかし、運転中にどんなアクシデントに見舞われるかわからないではないか! そんな娘の心配など、どこ吹く風。当の本人は近況を話し続ける。

「昨日受けた認知試験は95点だったよ」

 父の運転免許証は、もうすぐ有効期間が満了となる。75歳以上のドライバーが更新するためには、事前に認知機能検査を受検しなければならない。その検査を受けに行ったということは、また更新するつもりなのか?

「実技試験も問題ないって言われたよ。不合格だったら、返納するつもりだったがな」

 まだ運転できるとお墨付きをもらえたことを一緒に喜んでほしいのだろう。もうすぐ96歳、すごいと思う。

 しかし娘としては、もろ手を挙げて喜べない。
 この地域は車がないと不便なこと、母が長く歩けないことは百も承知している。車が必須なのはわかるが……。

「あの山の上に風車が立ってるんだか、おまえには見えないだろうなぁ。お父さんは回っている羽まで見えるよ」

 遥かかなたの山頂のことを言っている。
 4年ほど前、父は白内障の手術を受けた。すると、きれいに遠くまで見えるようになった。父も今、裸眼の心地良さを満喫している。

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 母も裸眼の心地良さを満喫していた。台所に立つと、あちこち汚れが目につく。母が好む白い食器は、茶渋などを浮き立たせているが、母もどこ吹く風。以前、指摘したら、
「もう、小姑みたい!」
と言って反論したので、母にわからないようにゴシゴシと洗う。

 しかし、ケアマネージャーがやってくる日は、部屋の隅にホコリがたまっていることを、やんわりと言ってみた。

「大丈夫よ! はるみちゃんを買ったから」

 お掃除ロボットが、母の目となり、手となって、かいがいしく働き始めた。ところで、名前の由来はもしかして……。

「覚えてる? 『家政婦は見た』のドラマの、市原悦子の飼猫の名前よ」

 やっぱりだ! よく二人で観たものだった。


 去年の母は、好きだった編み物にまったく手をつけなかった。

「もう面倒なことはする気になれなくて……」

 これも認知症の初期症状かと心配したが、今は隙間時間ができると、老眼鏡をかけて、せっせと編んでいる。「台所に立つときも老眼鏡をかけるといいね」と、言いたいところだが、今回は私の中の「小姑」を封印する。

 母は杖なしで歩けるようになっていた。左右の股関節と右ひざに入れた金属製の人工関節は、今や天然の関節のようだ。
 2週間はあっという間に過ぎて、帰る日の朝になった。母はさっきから、もう5回は言っている。

「サトルさん(夫の名前:仮名)が出張に出たら、また帰ってきてね」

 背が縮んで一層小さくなった母をハグした。

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 父に駅まで送ってもらう。
 父はこれからも母の世話をひとりでできるだろうか。

「全然面倒じゃないよ。お母さん、自分でできることが増えてきたからな」

 確かに4ヵ月前よりよくなったが……。

「でも時々帰ってきてな! おまえが帰ってくると楽しいよ」

 照れくさくて、急いで車のドアを閉めた。父がそんなことを言うとは思わなかった。

 しばらく父の車を見送っていると、後続車がいないのをいいことに、道の真ん中で停まった。車内で私に手を振っているのだと思った。今日も眼鏡はリュックの中だから、本当のところはわからないが、たぶんそうだ。手を大きく振ってみた。すると、車はゆっくりと動き出して、左に曲がって行った。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました m(__)m あなたの大切な時間を私の記事を読むために使ってくださったこと、本当に嬉しく有難く思っています。 また読んでいただけるように書き続けたいと思います。