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【#fetishism31】Day26 : 魔 / Magic

 その年のある日、ブルーパークのクリスマスツリーの銀の星が盗まれた。銀の星は本物の星くずで出来ていて、僕の住む一日中真っ暗な夜の国を、そのツリーのてっぺんの銀の輝きが、いつも照らしてくれていた。町で暮らすみんなは、光がなくなって困っていた。僕の学校でも、銀の星を盗んだ犯人は誰だ? という話題で持ちきりだった。
 この町には昔から、数人の魔法使いがいる。魔法使いたちは、大昔に別の世界から来た魔法使いたちの末裔なのだ。銀の星は、彼らとの友愛の証に、夜の国に光をもたらそうと渡された魔法の星だった。魔法使いたちも、銀の星がなくなって悲しそうだった。
 僕のクラスの知翠(ちあき)くんは魔法使い。彼はそんな悲しい話の渦中でも、いつも明るく振舞っている。今日も授業中に歌をうたっていた。プルボン、アクセヌ、ラグナオリーン、テンチル、などと、意味のないことを言ったりして。彼は授業中に、隣の席のマキちゃんの筆箱を宙に浮かせたり、バレーの試合中にコートを四分割にしてしまったり、そういう悪戯が大好きだった。彼は勉強ができて性格も明るかったから、みんなに好かれていた。引っ込み思案の僕は、そんな彼の飄々とした性格に少なからず憧れがあって、いつも彼をよく見ていた。
 ある夜、ふと目を覚ました僕は、窓から見えるブルーパークの真ん中、銀の星をとられて寂しくなったクリスマスツリーを見つめていた。やけに闇が澄み渡っていて、僕はその噴水の上に立っている人影を見つけた。人影は僕の学校と同じ制服の上にコートを着て、噴水の上で手のひらのものを眺めながらげらげら笑っていた。その声を聴いて、それが知翠くんだと悟った。僕はベッドから跳ね起きて、コートを羽織ってブルーパークまで急いだ。
 知翠くんは僕がパークに辿り着いたとき、噴水の上で両手を広げて笑っていた。手には銀の星が握られたままだった。
「知翠くん、何してるの?」
「誰だ? お前」
 夜の町ではクラスメイトの顔でさえ紛れる。仕方ないので名乗った。すると彼は、
「ここへおいでよ」
 といって、杖をひと振り、僕の身体は宙に浮いて噴水のてっぺんへ運ばれた。そこからは夜の国を一望できた。中心街の色とりどりのライトも、僕たちの学校の屋上のランタンも見えた。
「ここに座ると、この街を全部手に入れたって感じがする」知翠くんが言った。「セントラル・タワーの飛行灯も、ブルーパークの銀のクリスマスツリーも。この夜景、隅から隅までおれのものなんだって」
「知翠くん」僕は彼に話す。「みんな、その星がないと困るんだよ」
 すると知翠くんは笑うのをやめて、小さな声で言った。
「この星は、魔法の国の宝石なんだ」
 銀の星は、魔法使いがいないと光らなかった。この夜の国との友好を築いた魔法使いたちは、光を灯す役割を買って出て、魔法の国へは二度と戻らなかった。
「すぐに返すよ」知翠くんは言った。「触ってみたかっただけだ」
「あったかいんだな」知翠くんは寂しそうな声で言った。「おれの国も、あったかいのかな」
 知翠くんは泣いていた。僕は彼のそばを離れることができなかった。
「このこと皆に言う?」
「言わないよ」僕は言った。「約束する」

 翌日、クリスマスツリーの星が無事にかえっていた。銀の星は今日も明るく、この夜しかない町を照らしている。
 知翠くんは、今日も変わらず意味のない呪文を言って、みんなを悪戯で笑わせている。

(了)


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