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001/映画『9人の翻訳家』_私は文学を愛している

◆感想要旨

 爽快でありながら、鑑賞後じんわりと染み渡る愛を感じる映画。
 タイトルに掲げた台詞はとある人物が2度繰り返すフレーズ。個人的にぐっときたのはもちろんのこと、この作品全体を通して制作陣が伝えたかった根底を象徴しているような気がして、引用させていただいた。
 本作の一番の特徴は、密室ミステリーものとしての技工の素晴らしさが大前提としてありながら、根幹にはより深く、温かで、苦しくなるほどの愛情があること(あまり書くとネタバレに繋がりかねないので控えたい…)。
 鑑賞者は犯人が未発表の原稿を【「どうやって」盗んだのか】はもちろんだが、徐々に【「なぜ」盗んだのか】にも惹きつけられていく。
 あまり大規模に公開されたわけではなかったが、個人的にはベストムービートップ10に入れたいくらい心に残る映画でした。

◆こんな方にぜひ観てほしい!

・どんでん返しの脚本に驚かされたい
・国際派の俳優陣の活躍を見たい
・群像劇の深みにどっぷりハマりたい
・とにかくおしゃれでキレのある画を楽しみたい
・書籍/本屋に思い入れがある

◆あらすじ

フランスの人里離れた村にある洋館。全世界待望のミステリー小説「デダリュス」完結編の各国同時発売のため、9人の翻訳家が集められた。外部との接触は一切禁止され、日々原稿を翻訳する。しかしある夜、出版社社長の元に「冒頭10ページを流出させた。500万ユーロ支払わなければ全ページが流出する」という脅迫メールが届く――(AmazonPrimeページより:amazon.co.jp/gp/video/detail/B08B8Q4WVV/ref=atv_dp_b07_det_c_Z0r2A3_1_1


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1.脚本について

 総合力も素晴らしい作品だが、やはり脚本の秀逸さがこの映画の面白さの土台になっている。
 たびたび前後する時間軸、短いカットに込められた伏線、考えれば考えるほど2つ目、3つ目の意味が見つかってくる台詞まわし…入れ子構造のような物語の構成は「あれ、もしかして読み違えている?」「なにか見落としている?」と気づいたときにはもう遅く、もはやファーストシーンから伏線が張られていたことに衝撃を受けること間違いなし。
 105分というコンパクトな尺に収めた技量・思い切りの良さも含め、文句の付け所がない。日本語訳も丁寧で好感触でした。

 個人的には、アレックス(英訳担当)とアニシノバ(ロシア語訳担当)の会話の意味が、真実を知った後はガラッと変わるのが悲しくも面白くてたまらなかった。
 そして、本筋とは異なるところで重い選択をしたあの人のことを思うと胸が詰まる。ミスリード・枝葉の1つで済ませず、丁寧に描くところにも好感を覚えた。

2.演出について

 フランス映画らしく(…と言えるほどフランス映画をたくさん見ているわけではないのだが)1つ1つが丁寧でおしゃれで、そしてどこかに毒・スパイスが効いている画面構成が続く。
 特に冒頭5分ほどの場面転換は、異常とも言える世界観(何しろ「見ず知らずの9人の翻訳家たちが」「人里離れた洋館に」「監禁される」のトリプルパンチである)に自然と引き込まれてしまう素晴らしさで、見事の一言。

 物語は主に「洋館」「地方の書店」「刑務所」という、色彩も環境もバラバラな3つの場所で、更には時系列も入り乱れながら展開される。が、場面の転換が鮮やか且つ丁寧なので、ストレス無く伏線を追っていくことができる。

 また後述する役者陣の演技の話題にも繋がるが、9人の翻訳家+出版社の社長・秘書たちのキャラクターデザインも、ファッション・髪型・言動などで上手く差別化できており(個性は翻訳作業を行う机の上のアイテムにも!)、群像劇あるあるな「こいつ誰だっけ…?」が大分回避できているのではないかと思う(ただし私は名前は覚えきれなかった…)。

3.演技について

 各国の代表として、様々なバックグラウンドを持つ翻訳家が集まる。それだけでもつかみとして十分なのに、9人の翻訳家を演じる俳優陣が素晴らしくチャーミング。出演時間に多少の差はあれど、主役も脇役もなく、クライマックスに向けて物語を盛り立てていくパワーに圧倒されるばかりだった。

 群像劇として展開されるため1人1人の物語はあまりフォーカスされないが、「この物語が始まる前は、彼ら・彼女らはどんな人生を送ってきたのか?」と想像力が掻き立てられる。そして随所に挟まれる、だいぶキレ味の鋭い国際ブラックジョーク(俳優陣も楽しんで演じていた、と信じたいところ…笑)
 それから忘れてはいけない、出版社のオーナー・エリック。ある意味でこの映画は彼の物語だったのかもしれない。9人相手に引けを取らない熱演でした。

◆おわりに

この作品が何より恐ろしく、そして面白いのは「事実に基づいている」という点だと思う(『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズの4作目『インフェルノ』が出版される前、流出を恐れた出版社が著者同意の元、翻訳家を地下室に隔離して翻訳作業を行わせたらしい)。
 事実は小説より奇なりだし、言葉は時に人を狂わせるし、けれど文学には無限の可能性がある。そんなふうに思わせてくれた作品でした。

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