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読解指導の難しさ―ストラテジーと教材づくり

大学受験の時、英語だけでなく、内容に興味関心を持てるレベルの人が求められているということをよく言われていました。ところで、この夏、日本語能力試験N1とN2の短期講座を担当しました。しかし、N1の問題集の読解文にはあまり面白みがないと思いました。もちろん、著作権があるとか、分量が短いということはありますが、情報処理にしか使えないようなものばかりの印象がありました。最近私が指導で感じていることを読解ストラテジーと教材づくりの2点に整理したいと思います。

読解ストラテジーは使える能力?

まず、特に日本語能力試験向けの読解教材の目的はストラテジー習得が目的のため、そのストラテジーに合わせた教材が選ばれています。そのせいか、妙な部分を切り取られているものがありました。また、個別のスキルを指導していっても、学習者がいつどのように使えばよいのか判断する能力は身に付くのでしょうか。

試験対策以外では、やはりストラテジーを文脈から切り出すことよりも、いつどんなストラテジーを使って読むかを教師が理解したうえで、非明示的に指示し、読後に文脈に即してどんなストラテジーを使ったかを言語化させるという指導が必要なのかもしれません。なぜなら、このストラテジーを使って読みなさいという指導をして、実際に学習がそのストラテジーを使っているかどうかは分からないからです。

具体的には、「1度に2つの文章を読んで比較する」というストラテジーなら、学習者には「主張と結論をまず探してそれぞれの立場を確かめる」という問いかけを、「2つの文章の相違を比較する」ストラテジーなら、それぞれの文章中の根拠の対立関係を図示するという具体的な指導ができるのではないでしょうか。その上で、対立になっていない根拠にあなたならどう反論するか、別の根拠を上げるとしたらどう考えるかという活動が出来れば批判的に読む能力や、反証を考える能力を高められるのではと思います。

つまり、具体的な授業実践を考える上では、学習者はどのようなスキルが必要か、教師はどのような問いを立てればよいかを考えればよいか、を考える必要があるということです。

自分で教材を作ることの難しさ

日本語能力試験対策本の読解文には、最近話題の作家の小説や人一倍努力することの重要さや、熱血リーダーシップ論などの自己啓発本のエッセイなどからの出典が目立ちます。確かに、教材の著者の価値観や教材の作りやすさもあるでしょうが、学習者に偏った日本社会を認識させている可能性があります。このような内容や出典の偏りが学習者に与える影響を考慮する必要があります。

さらに、日本語能力試験に限らず、読解指導の教材の日本語レベルの適切さを保つことの難しさがあります。

これまで、読解教材では既知語率に注目がされてきました。近年は既知語率などを考慮して文章をリライトすることが有効だという指摘もあります。一方で、既知語率に関する文献では、Carver(1994)はfree readingに対する疑問、Hirsh & Nation(1992)は題名に"for pleasure"と書いてあるので、いわゆる授業で読むinstructed readingは該当しないのではと最近引っかかっています。

また、リーディングチュウ太J-readabilityなど日本語学習者向けの読解教材の作成に使えるオンラインツールが開発されてきています。一方で実際に指導に使っていると、語彙の難易度には絶対的な難易度(日本語能力試験的な)と相対的な難易度(既習・推測可能、あるいはキーになる概念を示しているので外せない)があることが認識されます。実際に指導に当たっていると、後者はソフトにかけても反映されないので、思ったより難易度が高めに出たり、語彙のレベルを下げたつもりが文の密度が挙がってさらに難易度が上がることもあります。

つまり、instructedの場合では、既知語率も考慮すべきですが、これまでの学習歴や指導の目的、さらに読み教材そのものよりも読む前の活動や授業展開が重要だということになるのではないでしょうか。

読解は日本語だけ?―目的による手段の使い分け

今私はかなりレベル差のあるクラスを担当しています。ただ、どういう目的で読む活動をしているかというと、教科書を読んで教科学習をするように、文章の内容を理解し統合して概念を把握し、それらを説明する文章を書くということを一連の流れにしています。

なるべく、読み教材を活用して文章を書くときに現実に近づけようとすると、レベル差もあるので、日本語で読める人もいるし、一回全部翻訳ソフトに入れてしまった方が内容が分かる人もいます。

最近、学習者がよく使うウェブサイトの情報は、写真と短い説明が多く、相互の情報が密接に関連付けられていないことが特徴です。一方で、教科書では、結束性の高い、長い文章を読むことになります。そのため、同じ内容ではありますが、ウェブサイト風の文章での短い説明で概念を把握し、その知識を使って長い教科書に似た文章を読むという2段構えで日本語で読むことに慣れるのに取り組んでみています。

まとめ

確かに試験対策ではやはり決められたレベルの日本語の文章を決められた時間内で適切な方法を使って読むということが必要になると思います。
一方で言語学習を取り巻く状況は近年猛スピードで変化しています。翻訳ソフトは飛躍的に進歩し、インターネット上で流通されるテキストも増え、印刷されたものを紙の辞書を使って読むというのはもはや主流とはいえなくなってきています。このような時代に合っては、日本語の読解指導は指導を通してどのような能力を身に付けさせたいかを考え直すときが来ているのかもしれません。