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自分の立ち位置を理解する

よく日本語教育の評価法に関しては「ハローエフェクト」や「対比誤差」について扱われていますが、対比誤差の話をするときに関連づけてある話をします。

あなたは日本のどの辺にいるのか?

よく日本語教師養成講座に来る人は、私はただの主婦なので、そんな大した仕事はしていないのでと言います。しかし、多くは大学を卒業していて、それなりの社会人経験があります。

進学者と就職者に優劣があるだとか、専門学校や短期大学より大学が偉いというわけではありません。でも、話を単純にするために、そのように仮定すると、大学進学者は同世代の中では上位50%くらいに入ります。東京生まれ東京育ちなら進学率が70%近いので特段珍しいことではないかも知れませんが、県によっては40%台のところもあります。

つまり、私たちが普段接している周囲と比較して自分の立ち位置を評価すると、日本の平均からは離れてしまう可能性があります。その意味で、知的産業に従事しようとしている人たちは、優秀な層であると言えます。必要な情報に自らアクセスし、選択し、養成講座に通うだけの経済的な余裕があるという点においてです。

あなたは世界のどの辺にいるのか?

あるデータによると、ベトナムの大学進学率は20%くらい、フィリピンは35%くらいだそうです。つまり、日本に留学してくる学習者たちにとって進学することはそれほど身近ではない可能性があります。それでも日本にくる人たちですから、現地で暮らしている人とは違うのかもしれません。

でも、東京に生まれ育った感覚で、学習者の状況を捉えると思わぬ齟齬を生むかも知れません。優秀なのに、賢いのに、どうして大学に行かないの?と思った時、彼らにとってはそのことがとても他人事のように遠い出来事に感じている可能性があります。

文化の差異にどう向き合うのか?

では、身近ではないからと言って、進学させなくても良いのでしょうか。それは一概には言えません。もし今後日本で生活するつもりなら、在留資格の観点からも安定した生活基盤を手に入れるために、大学卒業というステータスとそれに伴う専門性を身につけておくことが望ましいでしょう。

重要なことは、一方的な思い込みや決めつけで話を進めることではなく、必要な情報を提供した上で学習者自身が主体的に選択するようにすることです。

まとめ

一般に教師と呼ばれる人は、そうでない人よりも何かに秀でていることが期待されます。特に、語学教師になる人は、自身の異文化交流や言語学習での成功体験が何かしらあるのではないでしょうか。

 しかし、自分ができたことが学習者に同じようにできる考えるのは適当ではありません。その意味で、折に触れて、教師になりたいと考える人たちが自分の社会的な立場や境遇を客観的に捉えることが必要です。また、その経験を、学習者との間の文化差の理解に繋げ、学習者が言語学習を通して自身の進路を思い描くことを支援することに生かしていけるように伝えていきたいと思います。