見出し画像

【カラオケで出会う#5】Vaundy: 世界の秘密

アイムソーリー
気づいちゃったよ
アイムソーリー
気づいちゃったよ
世界のこと
「世界の秘密」作詞・作曲:Vaundy


カラオケ大好き歌太郎。
今日も彼はバイトのシフトが入っている。そのバイト先は、もちろんカラオケ。

しかし、外はあいにくの雨だった。授業が終わる十五分あたりから突然振り始めたのだ。
彼は教室の窓辺に立って、誰にも聞こえないため息をついた。
せっかく今日最後の授業が終わって、これからバイトだっていうのに、なんてことだ。

歌太郎は屋根のない駐輪場に置かれた彼の自転車のことを想った。錆びれてほんのり茶色くなっているチェーンに染み込む雨水は、潤いをそこにもたらすのだろうか。それともさらなる風化の打撃をそのボディーにくらわしてるのだろうか。

時計を見ると、もうすでに十六時を回っていた。シフトは十六時三十分から。これから走って駐輪場まで行き、左手に傘を持ったまま濡れたサドルに尻を付けてペダルを漕いでいかなくてはならない。その不快で不安定な走行を想像するだけで、歌太郎の口から得意のウィスパーボイスが漏れ出す。

歌太郎は周囲を見た。
教室には何人か学生たちが残っていたが、誰も彼のことを気にしていない。歌太郎は姿勢を正し、窓に対して正面に立った。顔はまっすぐ分厚い雨雲を見つめている。彼の意識は雲を突き抜け、綿あめをつくるように雲の中心をぐるぐるとかき回す。そうすることで、雨水たちは次々に混乱していくのだ。

ピョンッ——

歌太郎はその場で小さく飛び上がり、両足で着地した。
彼の足が床に着地した時、その振動が建物の内に響き、奥底の地面にまで到達した。

空はかき回され、地面の奥底に振動が伝わった——

突然、雨が強くなった。
空から重々しい水が注ぎ込まれてくる。

外から驚きの声が聞こえた。排水溝に、水が滝のように流れ込む音もする。歌太郎は意を決したように机にあったリュックを左肩に掛け、教室を飛び出した。

雨がキャンパスを包み込むように降り注いでいることが、建物の中からでもわかった。しかし、その雨脚というのはとどこか不自然なものであった。それはまるで、数時間分の降水量を前借りして降っているようだった。実際に、歌太郎が一階の出口から顔を出した時には、空に浮かんだ雨雲はマラソンを百メートル走のように全速力で走ったランナーのように、すっかりカラカラになっているようであった。

「あと十分は持ちそうだな」

歌太郎は駐輪場に行き、濡れた自転車のサドルをハンカチで拭いた。
ふと、彼に目眩が襲ってきた。彼はしばし、ハンドルに手を置いたまま、揺れ動く大地の上でじっとした。

「……ふう、いつもこれだ」

いつからなのかはわからないが、歌太郎は自分に雨を止める能力があるようになった。それがどういう原理で成り立っているのかはわからない。また毎回、雨をきっかり止められるわけでもないし、止めていられる時間も長かったり短かったりとまちまちだ。ただ、雨を止めることが出来た後は、きまって目眩が歌太郎を襲った。

歌太郎は「雨を止めることができる」という不思議な能力の可能性について、誰にも語っていない。誰かにこの能力のこと言ってしまうと、体からその力がこぼれ落ちてしまいそうに思えたからだ。

これは歌太郎の魔術的な秘密なのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?