余白を求めてしまう。
空気を吸って吐く回数が増えていき、生きている時間が長くなるほどに、人生の余白が段々と失われている、そんな気がする。
余白とは、可能性であり無意識の奥深さ。
余白を埋めていくのは、僕という有限さと浅はかな意識。
若さとは余白の多さであり、年寄りとは余白の少なさのこと。
歳をとりたくないからか、
どうしようもなく、余白を求めてしまう。
ただ求めてしまっている時点で、
すでに余白は意識に侵食されているのだけれど。
時に、不安な日常から逸脱したくてか、
どうしようもなく、未来の余白に希望を投影しようとしてしまう。
ただ、不安を抱えることで、生きていることそれ自体の余白を自分の中に取り戻せたような気もする。
あと何回、僕は眠りから覚めるのだろう。
あと何回、息を吸って吐くことができるのだろう。
答えの出ない問い掛けは、空白の中に吸い込まれていく。
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